保健室からふたり戻ると、部室はすでに無人で暗かった。熱心にテーピングを巻いている間にずいぶん時間がかかってしまっていたらしい。

「遅くなっちゃってごめんね岩ちゃん」

さして悪びれるふうもなく、となりで電気を点ける及川は言った。その片足にはぐるぐると、これでもかというほど包帯を巻きつけられている。本人は途中でもういいよと言ったのに動いたらいけないからと頑丈にしたのは実際岩泉のほうだから、まあたしかに半分くらいは岩泉のせいだろう。

それでもなんとなく癪に障って、あやまるくらいなら怪我してんじゃねえよと小突いて奥のロッカーに歩く。及川は苦笑して、片足をわずかに引きずりながら後をついてきた。練習中に捻った足首はどうにか軽い捻挫で済んだけれど、それでも違和感があるにはちがいない。

今日はいつもの帰路ではなくバスに乗って、なるべく歩かずに済む道をいこうと思いながら岩泉は練習着のシャツを脱ぐ。部活中に及川を運んでそのままだったので、冷たい汗がいつの間にかじっとりと肌に貼りついていた。

タオルで拭ってスプレーを噴くと清涼感に思わず震えるけれど、背中がスッキリしてひどく気分がいい。シュ、シュ、と続けてやっていると、しかしスプレーを持った右手は不意に横からつかまれた。

「? 及川、なに、」

言いかけて途中で岩泉は止まる。及川は背後からもたれるように抱きついて、岩泉の肩に頭をのせていた。

「……岩ちゃん、ごめん」

耳元でささやかれる声はわずかに熱を帯びて、さっきのそれと同じ言葉のはずなのにずうっと意味が重かった。

すぐそばで聞こえる吐息に意図を察し、岩泉は黙って踵を持ち上げる。電気を消して内側からドアを閉めてしまえば部室棟は無人とみなされることは部屋の鍵を預かるようになった頃からよく知っていたし、見回りの先生がやってくる時間を覚えるくらいには、及川とこの部屋でそういうことをした。

いけないこととは重々わかっていたけれど、たかだか高校三年生のふたりに毎回ラブホテルを利用するような小遣いはなく、互いの家にはたいてい家族の誰かがいて、そうして十代の性欲は抜いても抜いても後からあふれてくるのだから他にやりようもなかった。


怪我した足を動かしてはいけないからとその日は床にジャージを敷いて及川を座らせ、岩泉が上になった。

部室にはすりガラス越しに淡い月光が差し込むばかりだったけれど、膝の上に座って見下ろすと及川のゆるく興奮しているのが服の上からでもわかる。練習の後にこんなふう昂ぶってしまうのはよくあることだ。

Tシャツをぺらりとめくって、岩泉はその腹筋に触れてやる。優男ふうな顔と反対にしっかりと筋肉のついた胸は、同性の目から見てもたまらなくきれいだった。

ちゅ、ちゅう、と筋をなぞるように舌で触れると、及川はくすぐったそうにくぐもった吐息をもらす。そうしてくすくすと笑いながらいたずらに腰を揉んでくるので、岩泉は制するように片膝で及川の脚のあいだをちょんと押した。薄暗闇の中、びくっと前かがみになった及川が恨めしそうにこちらを睨む。

いい気分でキスしてやった。普段なら及川の好きなようされるのを堪えるばかりで、こういう風にするのはめずらしい。

触れる手のひらをゆるゆると下におろし、
「岩ちゃん、もう、」
上ずった声に名前を呼ばれたところでジャージごとめくると、ほとんど触りもせずにそれは半分ほど勃っていた。

早いな、思わずつぶやけば、久しぶりだもん、及川はそう言って恥ずかしそうに目をそらす。そういえば三年に上がってこっち、一年を迎えて新しい部活の体制になってせわしなかったせいで及川とはしばらくしていない。

そういやそうだったなとうなずいて両手を添える。及川のいいところならよく知っていたからすぐに大きくなった。ん、ふ、と余裕のなくなっていく吐息にそろそろ限界が近いのを知って、一気に裏側を擦って追い詰めてやる。

「あ、あっ! やば、い、岩、ちゃ、……っ!」

息を詰めた射精はどく、どくりと岩泉の手の中で数度続いて、それからはあ、と及川は熱っぽいため息をついた。

切なげに寄せられた眉根に汗をかき、それでも未だ興奮のさめない目はたしかに獰猛な男のそれで、岩泉は思わずごくりと息を飲む。自分よりよっぽど中世的でおキレイな顔をしているくせに、試合中やこういう行為のふとした瞬間に見せる男っぽい表情にはいつだって、どうしようもないほどあてられた。


「ーーっは、……ん、んん……っ」
ほとんど慣らしもせずに受け入れた身体は、まるで内側からミシミシと音がするようだった。

ゆっくりでいいよと及川は言ったけれど岩泉はずいぶん煽られていたし、それに、今日はいつもより痛いくらいでいたかった。

「ぅ、ぐ、ううっ、」

全部を飲み込んでぺたりと床に膝をつくと目の前がかすかに白むのを、及川の掌が頭を撫でるのでようやく意識をつなぎとめる。

くわえた部分はヒリヒリと痛んで、もしかするとすこしばかり切れているのかもしれない。けれど岩泉にはそれでいい。

痛みにも構わず持ち上げて下ろすと、抱き締めた及川は堪えきれずに低い声を漏らして太くする。つながったそこにはまた痛みが走り、岩泉は顔を歪めてひとり微笑んだ。

及川と抱き合うとき、痛いくらいのほうが好きだった。べつにそういう特殊な趣味があるわけではないけれど、けれどこうして痛みを感じているとなんだかまるで、及川の痛みをすこしでも分け与えられたような気が岩泉にはするのだ。

たとえば今日の練習中にやってしまった捻挫、これまでに練習でこさえたかすり傷、あるいはそれより大きな苦しみも、こうしていると、ほんのすこし感じられるような気分になる。

幼い頃から及川が怪我をするたび、痛い思いをするのが自分ならよかったのにといつも思った。

元来頑丈な岩泉は怪我なんてしたってへいちゃらで、風邪のひとつもほとんど引かない性質だったのだ。

幼馴染が擦り傷をつくればだから代わってやりたくて、あるいは片割れが熱を出せばどうにかそれが自分に移るようにと寄り添った。

けれどどんなに願ったところで熱は移らず、及川の苦しみは岩泉のものになりはしない。

そうしてなによりも歯がゆかったのは中学生のときだ。あの頃二人の天才に挟まれて苦悶する及川を岩泉は誰よりも近くで見つめてきた。その焦りを、恐怖を、苛立ちを、誰よりもわかっていたのに、決してその苦しみを代わってはやれなかったのだ。

中学三年の終わりに付き合おうと言ったのは及川のほうだったけれど、高校に上がって初めて行為に及ぶとき、抱かれる側を望んだのはだから岩泉のほうだった。

及川が自分に傷を与えてくれたらきっとすこしはその苦しみを感じられると思ったし、つながって、及川とひとつのかたまりになる瞬間が岩泉にはたまらなく幸せだった。

及川とこのままずっとひとつでいられたら、及川の受ける苦しみや悲しみの全部を自分が代わってやれたらいいのにと、抱き合うたんびに岩泉は思う。


「んっ、ん、あ、っぐ、……あぁっ!」

不意に腹の中を暴くように突き上げられ、慌てて岩泉は口に手を当てた。

ぼうっとしていた視線をやると、興奮しきった及川は緩慢な刺激に物足りないようすで見上げている。

声が響かないよう指をくわえて及川の首を抱き直し、岩泉は考えごとに止まっていた腰を振った。

「っうぁ、はっ、んんっ、う、」
はじめのうちこそ痛かったけれど、身体が馴染んでくると後は快楽ばかりがふくらんで、今度はまた別の意味でキツかった。

膝を浮かせてはずんと落とし、ぐるりと腰を回して及川がよくなるようにしていると、つながっている場所から自分が気持ちよくって仕方がなくなってくる。

及川とやるようになって一年以上が経って、そこはすっかり弱くなってしまっていた。間違ってうっかりいいところを擦ると、途端に気をやってしまいそうなほどだ。

指を噛み締め低く唸り、それでも今日は俺が上なんだからと必死で腰をやる。ぎりぎりまで大きくなったそれを扱いてやると、及川は岩泉の尻をつかんで荒い息を吐いた。

及川、気持ちいいか。途切れ途切れに聞くと及川はかたちのいい眉をぐっとよせて、掠れた声でうんと言う。たまらない気分で掻き抱いた。

腹の中で及川の熱が弾ける瞬間、痛みも苦しみも、あふれるような愛しさも、つながったところから全部がぐちゃぐちゃに混ざり合って、ひとつになればいいのにと強く思った。決してそうはなれないとわかっていて、それでも、そう願わずにはいられなかった。




ぐちゃり。音を立てて引き抜くと、つながっていたところから溢れた体液が岩泉の太腿を伝っていやらしかった。思わず流れ落ちるそれを目で追ってから、慌てて及川は視線をそらす。

やろうと思えばもう一度くらいはやれてしまえそうで、しかしそうすればきっと正門の閉まる時間を過ぎてもしまうだろう。

名残惜しいけれど抱き合っていた身体を離して、岩泉の汚れた部分をタオルで拭いてやる。

上で動いて疲れたのか、岩泉はめずらしくなされるがままだった。行為の余韻にぽやんとしているのが可愛くてキスしてやると、照れ隠しみたいにつんと脇腹を小突いてくるのもたまらない。行為の後はいつもよりその手に力がないことを、今までもこれからも自分だけが知っていればいいのにと、後始末をしながら及川は思う。

岩泉とする行為は、ふたりがどうしたって別のものなのだと思い知らされるから好きだった。

ひとつになってつながって、そうしてまたふたつに分かれるたび、この人がいてよかったと思えるから幸せだった。

「ハジメちゃんとトオルはいつも一緒で、まるでイッシンドウタイね」

イッシンドウタイの意味がわからない頃から、大人たちにはそう言われていた。その意味がわかって漢字でスラスラと書けるようになったころ、自分と岩泉が同じ体でなくて本当によかったと思った。

だって岩泉がもしも及川とひとつだったなら、バレーに思い悩んでいた中学生の自分に頭突きを食らわせて叱ってくれる相手はきっとどこにもいなかった。

だから及川は自分たちがふたつに分かれて生まれてきてほんとうによかったと思うし、そのことをわからせてくれるから岩泉とするセックスが好きで、もちろん気持ちいいことも大好きだ。

今日は上に乗った岩泉が自分の気持ちいいのを我慢して必死に動いてくれたので特別によかった。思い出してにやけていたら気色が悪いと頬をつねられた。幸せだ。

満ち足りた気分で目の前の身体をもう一度抱き締めた。ひとつの体で生まれてきたなら、きっとこうすることもできなかった。









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R18要素メインのBL書くの久々でなんかめずらしくちょっと恥ずかしかったです
こういうのは恥じたら負けみたいなとこあるよネ
(2015.0707)