・国見♀→及川♀→岩泉♀です
・女体化要素を含みますので、すみませんが苦手な方はご注意ください














香水は店で試すと二、三個目で匂いがわからなくなるので、ほとんど買ったことがない。

「アキラだってもう女子高生なんだから」と母親がくれたロクシタンとアナスイが一本ずつ、部屋の棚の奥にしまわれているくらいだ。ブランドだってあんまり詳しくはないし、それほどつけて歩きたいと思うこともなかったので、友だちがそういう話をしていてもろくに耳を傾けたことがなかった。

(……ああ、あのときもっとちゃんと聞いておけばよかった)
十一月の休日、何番目かわからない雑貨屋をあとにしながらため息をつく。三連休初日で駅前はざわざわと人通りが多かった。カップルや家族づれの楽しそうな笑顔に混じってひとりぽつんとした自分はなんだかみじめに思えて、俺は薄手のマフラーになんとなく鼻先までうずめてスニーカーを次の店へ向ける。

出がけにグーグルのマップで調べた店は次で四軒目。足はもう結構くたびれていたけれど、探しものはなかなか見つからなかった。だって俺は探しているものの見た目も、名前すらも知らなかったのだ。

それは、この秋に部活を引退した先輩がつけていた香水だった。
本人に直接聞いたことはないが、彼女は石鹸やシャンプーの香りとはちがう独特の匂いをいつもまとわせていたから香水なのだろうと察しがついた。(先輩はいつもお洒落な人だった)

中学のころからバレー部で一緒だった先輩、――及川さんとはつい数日まえ、廊下で久しぶりにすれちがったところだった。一年と三年の校舎は別々なので、部活がなくなってしまうと俺たちはほとんど顔を合わせる機会もない。

「あれ、国見ちゃんだ」

俺の姿を見つけると、及川さんは一緒に歩いていた男の人を放り出してこちらに駆け寄ってきてくれる。そうして「なんだかずいぶん久々な気がするねえ」と俺の手をとったり、「ちょっと痩せたんじゃない?」とウエストのあたりを抱いてくるので、俺は恥ずかしいのと嬉しいのとでたまらなかった。昔から自分のそういうささいな変化に気づいてくれる人だから及川さんが好きだった。

そうだ、ときどきしか会えないならこの人とおなじ香水を買おうと思ったのはそのときだ。
俺をゆるく抱き締めた彼女の甘い匂いは別れたあともまだ自分の身体に残っていて、その日の午後はひどく幸せな気持ちで何度も何度も自分の身体をぎゅうっと抱いた。及川さんの匂いがこのまま染み込んでしまえばいいのにと俺はばかみたいに真剣に思ったが、やっぱりその日の夜のお風呂でそれはキレイさっぱり落ちてしまったので今日こうしてあの匂いを探し歩いている。

四軒目は中通りに面した大きめのドラッグストアだった。生理用品と化粧品のコーナーを抜けて香水のガラスの前にいくと、高級そうな箱の前には試用のテスターがいくつも並んでいる。

香水のコーナーにはあまり人がいないのをいいことに、俺は左の上から順番にそのひとつひとつを試していった。イブサンローラン、クロエ、フェラガモ、エンジェルハート。いい匂いだろうとなんだろうとあんまりかいでいると途中でわけがわからなくなってくるから、数本試しては外の空気を軽く吸って、好きな人の匂いを探していく。

「お客様、どういったものをお求めですか?」
途中で店員が気を利かせてやって来たが、明るさや高低を言葉で説明できる色や音とちがって匂いは形容しづらいものだからなかなか難しかった。しいて言うならおしゃれっぽい、甘すぎない清潔な香りかなあと伝えてお姉さんにも一緒に考えてもらう。

もちろん及川さん本人にきけば一番早いのはわかりきっていたが、そんなことをラインでたずねる勇気は俺にはなかったし、なによりも恥ずかしくてできなかった。どうして好きな人ほど自分から連絡できないんだろうってときどき思う。

それでもその人の匂いが手に入るのなら、俺はどうしてもそれが欲しかった。

さんざん悩んでくれたお姉さんに首を振り、五軒目六軒目と歩いて日が暮れて、そうして七軒目の店でようやくそれと気づいたときは思わずその場にへたりこんでしまったものだ。

前の店でも何度か目にはしていたが、おそらく鼻が麻痺していたせいでなかなか匂いに気づけなかった半透明の白い小瓶だった。細長いボトルにはまるでペンダントがかけられたように小さな宝石が飾られ、キラキラと光っている。
俺は足がくたくたなのもゲンキンに忘れて慌ててそれを買って、家に帰ってそわそわとお風呂を済ませて部屋でとりだした。初めて自分で買った香水はなんだか手に持っただけで大人になったみたいな気がして、あるいはすこしだけ及川さんに近づけたような気がして、ついつい口もとが緩んでしまう。

ベッドの上にきちんと座って小さなフタをとり、そろそろとそれを押す。口からプシュウと部屋中に広がった香りはまるで空気までキラキラさせるみたいないい匂いで、思わずほうっとため息がもれる。
大好きな及川さんの匂い。

目をつむると、あの日抱き締められた感触がいまもまだ残っているような気がしてどきどきする。及川さんの巻き髪は抱き合うと鎖骨に触れてくすぐったかった。吐息は甘くやわらかで、唇はラメでつやつやしていて、すぐそばで喋るたび俺の頬に触れてしまうんじゃないかとハラハラした。
及川さんの匂いに包まれて鎖骨に、頬に、それから身体に触れていると、すこしもしないうちに俺はへにゃへにゃになってベッドに倒れこんでしまう。身体を抱き締めてはあと息を吐くと、すぐそばにはころんと転がった半透明の小瓶があった。

(……休みが明けたら、学校にもすこしだけつけていこうかな)

そう考えると、楽しみにしていたはずの休みが早く終わればいいのになんて気持ちになるのだから、我ながら勝手でおかしい話だった。



「国見さん、彼氏でもできたの?」
「シャンプー変えた?」
「香水つけてる?」

連休明け学校に行くと、クラスの女子たちは思っていたよりずっと敏感に俺の変化に気がついた。
女子高生ってほんとに目ざとい生き物だ。誰かが前髪を1センチ切っただけでも「前髪切った? かわいい!」と声をかけるし、俺みたいに化粧っ気のうすいやつが香水をすこしつけただけでも噂と憶測が飛び交い、あるいは誰かが薬指に指輪でもつけようものならクラス中がひそひそとその理由を好き勝手に決めつけはじめる。

休み時間質問攻めにあうのには正直すこし辟易したが、けれどそれほど悪い気分もしなかった。
だって俺のつけてるこの匂いがあの及川さんと同じものだって、この教室の中で俺だけが知っているんだ。(女バレの及川さんといえば一年のあいだでも美人で有名で、密かに憧れている下級生だって少なくない)
それは胸の内側をくすぐられるような優越感だった。なんでもないよ、なんとなくつけてみただけ、少女たちの問いかけに曖昧に返しながら、俺はたまらない恍惚に浸ってた。

でも、それはとうとう一日だけのことだった。
午後の休み時間、教室を移動する合間に俺はまた廊下で及川さんとすれちがった。
(なんだかこの頃ツイてるなあ)
そう思って浮かれた気分で話しかけるとしかし、及川さんは、あれっと驚いた顔をする。

「国見ちゃん、香水つけてるの?」
「あ……えっと、その、はい」

同じのをつけたのは、もしかして、あからさますぎたのかな。そんな思いが頭をよぎって、どきりとした。及川さんはかたちのいい唇に指をあてて、ふうんとうなずいている。

どう思われたのかわからないけれど、気まずくなる前に早く行ってしまおうか? そう思って上履きのかかとを持ち上げた瞬間、その唇はゆっくりとひらく。

「『岩ちゃんと』おんなじやつにしたんだね。ちょっとびっくりしちゃったよ」
「……え?」
「グロウでしょ? 俺が誕生日にあげたら岩ちゃんそれだけは使ってるから」

アレいい香りだよねえ、岩ちゃんにくっつくといっつもいい匂いするもん。及川さんはニコニコと嬉しそうに岩ちゃん、――彼女の大好きな幼馴染の名前を口にする。俺はぜんぶを知って目の前が真っ白になった。

この人は匂いすら移ってしまうほど好きな相手の近くにいるのに、まぬけな俺は、自分の好きな人の匂いさえ知らなかったのだ。

その場をどうやって後にしたのかは、あまりよく覚えていない。
授業が始まるからといって頭をさげたような気もするし、ただすみませんとあやまってそのまま辞したようにも思う。とにかく及川さんと別れて俺はひとり教室に帰った。移動教室の時間はもう始まっていて、そこには誰もいない。

大事にしまった小瓶を鞄から乱暴に取り出して、残った香水の雫は裏庭の花壇にジョロジョロと遣った。原材料なんか知らないが、植物には有害なものがなにかしら入っているにちがいないから春に咲くはずのその花は土の中でひっそりと死んだだろう。

花ひらきもせず散ってしまった俺の気持ちといっしょに土の中で埋もれていけばいいのにと思って、俺はほんのすこしだけ泣いた。











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glow * 満悦感、幸福感
grow * (草木などが)成長する
作中の香水はglow by jloのつもりで書いていて、途中で両方のグロウに関連あるなと思ったのでそのままタイトルにしました

(2015.0216)