安いビジネスホテルのベッドって、どうしてこう落ち着くんだろう。

シャワーを浴びてパジャマを軽く羽織り、しっかりとしたマットレスに背から沈むたび俺はそう思った。

だって一泊数千円のホテルなのに、こういうところの寝具は意外なほど寝心地がいいのだ。

自分の家のベッドよりは横幅が大きく、ラブホによくあるそれよりは頑丈で沈まない。高級感ホテルみたく雰囲気に萎縮することもなければ、掛け布団が二枚三枚に分かれていて朝起きるとぐちゃぐちゃになっているようなこともない。

牛若ちゃんと泊まるときはだから都内のビジネスホテルが多かった。

お坊ちゃんの牛若ちゃんはもっといいところで構わないと言ってすぐ財布からカードを取り出そうとするけれど、前に連れてかれた高級旅館に紅白の布団を並べられてからというもの俺はそのすべてを遠慮している。(あのときは本当にギャグかと思った)

そうしてそれ以来ホテルは大学生ふたりで払える程度のところをワリカンだ。夕食は牛若ちゃんが出したいというので好きなところに連れて行かせて、そのあとはてきとうなビジネスにふたりで泊まる。

お互い東京の大学に出てからもバレーや勉強で忙しかったからたまのデートはたいていそんなもので、今日だってやっぱりそうだった。


「……かわ、及川」
「ぅん、……あ、うしわかちゃん」

横になっているうち、いくらかうとうとしていたようだった。俺のあとにシャワーを浴びた牛若ちゃんは、自分のことを放って寝ていた俺にすこし拗ねたような顔をしてこちらを見下ろしている。

俺は笑って手を伸ばした。大きな子どもみたいに単純なこの男が、二、三回キスをしてやればかんたんにその機嫌を直すことはよく知っていた。

そうして実際ちゅ、ちゅ、と太い眉に数度落とせば、牛若ちゃんはあっさりと煽られて俺の服に手を伸ばした。大きく武骨で不器用な手のひらはなんとももどかしそうに俺のボタンを外す。バレーのほかは何をやらせてもいまいち器量のわるい男で、そんなところを見るたび俺は気分がよかった。

機嫌よく膝を立てて牛若ちゃんの前をちょんと刺激して、締まったお尻をズボンの上からやわやわと手のひらで揉んであげる。うっと低い声をもらして牛若ちゃんは俺の首筋に鼻先を押し当てた。

唇を開きかけてやめたのは、見えるところは噛まないでねって前に言ったのを思い出したのだろう。いいこいいこと頭を撫でて、俺はパジャマの前をぺらりと開く。

「痕はいやだけど、ほかは好きにしていいよ」

言い終えるかどうかといったときには、もうのしかかられていた。牛若ちゃんはまるで獲物を捕食する獣のような目をして俺の身体にしゃぶりつく。胸を噛み、味見するように腹を舐め、それはおいしそうに俺の唇を貪る。
そんなさまを下から眺めるのが、俺は好きだった。


牛島若利は基本的に、育ちのいい男だ。そのことを数年前、まだ地元の仙台にいたころ知った。駅前にぐうぜん牛若ちゃんの姿を見つけたある日のことだ。

牛若ちゃんはマクドナルドの前を落ち着かないようすでうろうろしていて、俺はその現場にたまたま鉢合わせた。嫌なヤツに出くわしたな、そう思って引き返そうとする俺を呼び止め牛若ちゃんは言った。

「及川、これはどうやって注文したらいいんだ」

ぽかんと口を開けたままぼうぜんとビッグマックのセットとチーズバーガーのセットを頼んで二階で食べた、それが牛若ちゃんとバレーの外で会った初めだっただろう。

よく見かけるので興味はあったが、厳格な家庭で育ったのでファストフードはこれまでほとんど食べたことがなかったのだと、ビッグマックのバンズを丁寧にちぎりながら牛若ちゃんは言った。ああその食べ方はそうだろうなと思いながら俺はその横でチーズバーガーにかじりついていた。

たかだか数百円のハンバーガーなのに、牛若ちゃんがちぎって口に運ぶとなんだかずうっと高級な食べものみたいに見えるから不思議だった。この人にバレー以外で興味を持ったのも、たぶんそのときが最初だっただろう。

ファストフードでさえきれいに食べる男が、いったい何ならそうでなくなるのだろう?

俺はそう思って牛若ちゃんとそれからいろんなものを食べた。コンビニのおにぎりにケンタッキー、あるいは焼肉、背伸びをしてお寿司。

けれどどれを食べさせても牛若ちゃんはやっぱり上品で、そして楽しそうだった。ほとんどいつも仏頂面のくせに、意外なほどおいしそうにご飯を食べる男だった。

「なんでそんなに嬉しそうなの?」

あるときたずねれば「お前がいるから」だと仏頂面はこともなげに言った。

「仏頂面するんなら耳も赤くしないでちゃんと隠してよ」

そう言って牛若ちゃんの耳よりも赤い手のひらでその背中をバシンとやるころには、たぶん、牛若ちゃんのことを好きになっていたと思う。

そうして付き合うようになったあとで、俺はようやくこの人がただの獣に変わる瞬間を知った。


「んっ、ん、あ、ううっ、……!」

腹の中に飲み込んだものがたまらなく熱い。牛若ちゃんは俺の中に全部をおさめると、ほとんど躊躇もなく腰を前後に揺すり始めていた。いつもだったらきっと文句を言ったけれど、今日は久々で俺も興奮していたからそのまま受け入れて脚を絡める。

牛若ちゃんは俺の膝裏を抱えてガツガツと腰を振った。汗をたらして息を切らして、拭うことさえもせずに俺を抱いた。どんな食べものであってもおキレイに上品に食べる男が、俺を抱くときだけはその目に本能を剥き出しにして貪った。

それはたまらない恍惚だった。血肉となり骨をつくるものより、何よりも俺がおいしいと言われているみたいで、俺は牛若ちゃんの理性をなくした目に見下ろされるとそれだけでいつも達してしまうくらい興奮した。

実際その腕に抱かれて、今日はもう二、三回いっていた。だめだめ、もうだめ、仰け反って首を横に振ると、その拍子に首筋を伝い落ちた滴さえ牛若ちゃんはぺろりと舐めてしまうので頭がクラクラする。

ビジネスホテルのベッドはさっきから壊れてしまいそうな悲鳴を上げていてかわいそうだったけれど、今の俺にはそれを気遣ってやる余裕もなかった。ただただ脚を開いて、出し入される欲望を受け入れる。

牛若ちゃんは眉根にぐっと皺をよせて何度か震えたあとでゴムを替え、それを数回くりかえしたあとでくたりと俺の上に沈み込んだ。

息を整えながらちらりと視線をやると、ひどく満ち足りたかたちの口もとに俺も上機嫌になって背中に手を回す。男に脚を開くなんて本当はまっぴらだけれど、最中の雄っぽい顔と終わったあとの満腹みたいな表情を見ると、まあわるくないかもという気分にさせられた。

お腹の上にのしかかる重たい身体をしばらく撫でて、それからいいかげん冷えるからとふたりで布団をかぶる。枕もとのライトを消して部屋を真っ暗にすると、窓の向こうにはこんなところでもピカピカと光る黄色いMの看板が見えた。

「……ああ。そうだ、牛若ちゃん」
「ん、……なんだ、おいかわ」

もう眠いのにといかにも不満げにとろんとした声に笑って、俺は窓の向こうを指でさす。

「ね、明日は朝マックいこうよ。牛若ちゃん、たぶん行ったことないでしょう」
「朝?」

昼とはなにかちがうのか? 牛若ちゃんはすこし興味を持ったのかぴくりと耳を傾ける。

「うん。ちがうよ。パンケーキもあるし、グリドルっていって、甘いハンバーガーもあるんだよ」
「あまい? ……及川、俺だってもうおまえの冗談くらいは見分けがつくんだぞ」
「なんだよ。もう、ほんとうなのに」

俺がむくれると、しかし牛若ちゃんはくくくと笑って嘘だといった。嘘だ、楽しみにしている、おやすみ。そう言ってさっさと寝てしまった男の満足げな顔をしばらくながめて俺も目をつむる。明日の朝食に牛若ちゃんが目を見張るようすが、楽しみだった。







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なんかスゴイタイトル迷いました。うつくしい獣とかも候補でした
(2014.1004)