及川がウシワカちゃんに囲われてる半パラレルです。牛及ですが微妙に及川が浮気してる描写もあるので、苦手に感じられる方はご注意ください。







ウシワカちゃんちのお屋敷の、西の端っこの八畳間。他のどこより日当たりのいいその部屋で、俺は暮らしている。

ここでご飯食べてお昼寝して、ときどきウシワカちゃんとセックスしたり一緒にテレビ見たりするのがお仕事だ。時給は千と二百円。

といっても最後に銀行の通帳を見たのは数ヶ月ほど前だから、その金額がきちんと自分の口座に振り込まれているかどうかは知らない。欲しいものがあればウシワカちゃんが買ってくれるから、それほど気にしたこともない。

つまりひとことで言えば囲われてるっていうやつだろう。男が男に囲われるなんてどうなんだって話かもしれないけど、大学出てフラフラ楽な仕事を探してた俺にはこれ以上にないうってつけの就職先だった。

ウシワカちゃんは街で出会った俺に自分から持ちかけたくせに、俺がうなずいたら驚いた顔してそれからここに連れてきた。

以来盆暮れ正月実家に帰るとき以外はだいたいこの屋敷で暮らしている。(だってそのほうがお給料になる)親には接客業だよとしか言ってないが、まあ嘘はついていないと思う。

ウシワカちゃんはときどき俺の部屋にやってきては、気の向くままに抱いてみたり、その日のことをぽつりぽつり話してみたり、あるいはまるで恋人みたいに一晩中抱きしめたりしてまたお仕事に行く。

中学のころから俺を好きだったそうだ。そんなのちっとも知らなかったしむしろ中高のころはウシワカちゃんなんか好きじゃなかったけれど、こんなめちゃくちゃな関係になってしまうと意外に情もわくから不思議である。

大きなクマみたいなウシワカちゃんが仕事を終えて家に帰り、婚約者の女もほったらかして俺のところにまっすぐやってくるさまは素直に愛おしかったし、鼻先を押しつけて今日は疲れたなんて弱音を吐かれれば男なりにも母性本能みたいなものをくすぐられた。セックスは下手くそだったけど、それでもせいぜいよくしてやろうと思うくらいには可愛い男だった。

「若利」って不意打ちに名前を呼んでやったり、お休みの日は外でデートみたいなことをしてやったり、上に乗って奉仕してやったり、俺は色んなことしてウシワカちゃんと遊んだ。

けれど長いことお屋敷に引きこもっていると、ウシワカちゃんといるのにもときどき飽きることがある。

そういうときはたいてい手近な誰それにちょっかいをかけた。ご飯を持って来てくれるお手伝いのお姉さんや庭師のお兄さん、あるいはウシワカちゃんの婚約者なんかも連れ込んでは楽しんだ。(俺と寝た相手はその後かならずお屋敷を追い出されるけど、俺にたぶらかされるほうがいけないんだから別に俺のせいじゃあないと思う)

そうしてそんなふうに俺と遊んだ誰かを追い出すと、怒ったウシワカちゃんはいつもそれは手ひどく俺を抱いた。痛いこともいっぱいされるし喉はガラガラになるし、起きたあとなんかホントにサイアクだ。

でも全部終わって俺を風呂に入れながら、ボロボロ泣いてごめんって言う。他人には滅多に謝ることなんてしないウシワカちゃんが、俺には何回も何回もすまない及川って泣く。すっごく気分がいい。

だからときどき機嫌がよくなってそのままそこでしちゃうこともある。身体がボロボロだからたいていは揺さぶられるたびにどこかしらが痛むけど、でもその何倍も気持ちがいい。誰と浮気したってウシワカちゃんは俺を選ぶんだとわかって優越感と満足感でたまらなく気持ちがいい。だからすこしばかり痛い思いをしてウシワカちゃんを泣かせてもこの遊びはたまにする。

遊びといえば、最近はウシワカちゃんの耳かきにはまっている。俺の膝の上に頭を乗せ、安心しきってとろんとした表情のウシワカちゃんを不意に抉ってやるのがおもしろい。耳の入口の浅いところを、しかし引っかかれた痛みでウシワカちゃんが涙目になって怒るのがいい。

そうされるってわかっているくせに、してあげようか? って言うと嬉しそうに寄ってくるさまもバカでかわいい。

引っ掻いたおわびにしばらく頭を撫でてあげるとだんだん機嫌を直す単純なところも気に入ってたし、機嫌がいいといつもよりすこし口数の多くなるところもいとおしかった。

でもこの前そうやって撫でていたら、ウシワカちゃんは俺にあの女の話をした。二番目だか三番目だかわからない、ウシワカちゃんの婚約者の女の話だ。(ウシワカちゃんの家族は一人息子の結婚に熱心なので、俺が何人追い出してもすぐまた違う女をあてがってくる)

「アレはすこし好みかもしれない」
心地よさにとろんと寝ぼけながら、ウシワカちゃんはそんなことを俺に言った。控えめで清楚で可憐な女なのだそうだ。ふうんとうなずいて撫ぜる手は止めた。面白い気はしなかった。

そうしてその次の日、清楚で可憐な女は俺を汚らわしいと言った。母屋の廊下で偶然彼女とすれちがったときのことだ。

「汚らわしい」

家の者に囲まれて白い花柄のワンピースを風になびかせながら、しかし女は俺を見てすれ違いざまたしかにそうささやいた。侮蔑と嫉妬のこもった、女らしい醜いどろどろしたものが耳に触れるような声だった。(たぶん俺のことは噂に聞いていて、耳障りに思っていたんだろう)

一瞬のうちにカッとなって引っぱたいていた。(だってウシワカちゃんがこんな女に騙されてるんだって思ったらどうしようもなく腹が立ったのだ)

俺はたちどころにお付きの男たちに引っぺがされて北の蔵に連れてかれた。子どものころ叱られたときはよく閉じ込められたってウシワカちゃんの言ってた暗くて冷たい蔵。まさか自分が入れられるはめになるとは思わなかった。

出してよウシワカちゃんって何度も蹴ったし叫んだけど、たぶん二、三日のあいだは小さな隙間からお手伝いさんの作ったおむすびが差し出されるだけだった。途中から朦朧としてたから、いったい自分がどれだけの時間そこにいたのかはよくわからない。

ーーそうして今、気づいたときにはウシワカちゃんに抱きしめられて、大丈夫かって揺り起こされてるところだった。

「及川、大丈夫か、及川」
呼ばれるたび、バカみたいにほっとした。抱きしめようとして手が上がらなくて、かわりに痛いくらいぎゅうっとやられて涙が出た。

ウシワカちゃんはしばらく黙って俺を抱いて、それからごめんと言った。すぐにでも俺を出すよう家の人に言ったけれど、今回は相手が怪我をしているからそう簡単に一人息子の我儘も通らなかったらしい。

最後には家を出る出ないの話までもつれこんだとウシワカちゃんは俺を抱き上げながら言った。明るい月夜で見ると、どこか疲れた顔だった。(たぶんこの数日間、ずいぶん粘ってくれたんだろう)

身体がきちんと動くようになったら早く頭を撫でてあげたい。大きな背中におぶわれながらそんなことぼんやり思っていれば、しかしウシワカちゃんはふいにこんなことを言った。

「おまえにはすまないが、今回のこと、すこしだけ嬉しかった」

なんでだよ。そういう意味でお尻を蹴れば、ウシワカちゃんはちらりと俺を振り返る。
「だっておまえ、きっと初めて嫉妬をしてくれただろう」
「ーー!」
そんなんじゃないよ。言ってやりたかった。言うには声が出なかった。だってもうわかっていたからだ。

ウシワカちゃんがあの女のこと褒めたのはただ俺に焼きもちやかれたかっただけなんだってわかってしまっていたし、自分が思惑どおりみっともない嫉妬してたことにも気づかされていた。左胸のあたりがぎゅうっとわしづかまれたみたいに痛い。

「ねえそんなウソどこで覚えたのさ」

悔し紛れにそれだけたずねればウシワカちゃんは小さく笑って、おまえだよと言った。

くだらない浮気な遊びは、果たしてそれからしていない。






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こういうゆるいパラレル気楽に書けるからわりと好きです
(2014.0621)