「俺、岩ちゃんともう別れる」

二人きりの部屋、俺のベッドを占領して雑誌をめくっていた及川はこともなげにそう言った。

ベッドの脚にもたれて座っていた俺は遊んでいたゲーム機から顔を上げ、しかし及川ではなくその横の勉強机を振り返る。

卓上のカレンダーたしかめてああそういえば今日だったなと合点がいって、それから及川が平日なのに妙に泊まっていきたがったわけにも納得した。

時計は零時を回って、ついさっき四月一日が始まったところだった。

「……ったく。つまんねー嘘ついてんでねえ、このクズ川」

ちっと舌打ちして、俺は幼馴染の頭をポカンと殴る。いてっとまぬけな声を上げた及川は、へらりと笑ってその舌をだした。

「えへ、なあんだバレちゃったね。岩ちゃんちょっとくらい騙されたふりしてくれたっていいのに」
「バカ、んなめんどくせーこと誰がするかよ」

そう言い捨てて嘘つきの頬はぐにぐにと引っ張ってやったけれど、本当は自分の口もとの方がよっぽどゆるんでいるんじゃないかと、俺は内心すこしだけ不安だった。

四月一日、エイプリルフール。
年に一度の嘘の祭典、自由に人を騙していいということは子どものときから知っていたが、数年前、エイプリルフールについた嘘はそれから一年間現実にならないというジンクスもたまたま耳にした。

たしか、テレビの特集かなにかでやっていたんだと思う。となりで見ていた及川はそれを聞くなり
「俺岩ちゃんと別れる」
と心にもない嘘をついた。

そうしてその嘘はそれから今日まで続いて、俺たちは高校三年生に上がった今でも別れないままでいる。

及川のつく嘘は、だから言い換えてみれば次の一年間また俺を縛る暗黙の約束なのだ。別れると口にしておけばあと一年はそうならずに済むと、及川は頑なにそう信じている。

「岩ちゃん、嘘ついたりしてごめんね」

ひどく穏やかな表情で、俺を見下ろした嘘つきは言った。今年も大切な嘘をつき終えて、たまらなくほっとしているように及川は見えた。そうしてその手は雑誌のページをたぐるのをやめて、するりと俺の頬に伸ばされる。

「……ねえ、怒ってる?」

たずねる声は、どこか期待を含んだそれだった。唇をぎゅっと噛み締め、俺は低くうなる。

「ああ、怒ってるよ。当たり前だろ」
「そうだよね、ごめんなさい、」

お詫びに好きにしていいから。そう言って、ベッドから身を乗り出した及川は俺の首にその手を回す。これも毎年のことだった。

いつものじゃれあいとはちがういやらしさにうなじを誘われて、俺は手にしていたゲーム機を放り捨てる。及川はにやっと笑って俺の部屋着の裾を引いた。

ギシリと軋むベッドの上、自分より大きな背丈を押し倒して跨りながら、ばかだな、と思った。

及川は本当にばかだ。
毎年毎年、飽きもせずつまらない嘘をついてはくだらないジンクスに縋ってこいつは安堵している。(別れるなんてそんな嘘をつかなくたって、俺はずっとこいつと付き合う覚悟でいるのに)

及川はまったくばかだ。ばかすぎてほとほと腹が立つ。腹が立つからパジャマのボタンを雑に外す。すこし乱暴気味にされるのが好きな及川は熱っぽい目をとろんとさせて、岩ちゃん大嫌いだよとまた嘘をついた。たぶん、めちゃくちゃにキスしてっていう意味だった。






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岩及の日おめでとうございます
(2014.0401)