※殴り合って受け攻め決める話なので多少の暴力表現を含みます。苦手な方はご注意ください※





小さいころ、取っ組み合いの喧嘩なんてものはしょっちゅうだった。

おやつの干し芋勝手に食べたから、遊んでたおもちゃをどちらかがとったから、そんなくだらない理由で幼馴染のトオルと俺はかんたんに喧嘩をした。

高校に上がった今それを話せば周りは驚くけれど、今はへらへらするばかりのあいつも昔は俺と同じくらいわんぱくで喧嘩っ早かったのだ。

トオルとは誰より喧嘩したし、おんなじ回数だけ仲直りしたし、そうして仲直りをしてはまた遊んでいたと思う。


だからこそ、よくわかるのだ。
目の前で荒い息をしてる高校生の及川が、そろそろ疲れ始めているってことが、俺には手に取るようにわかるのだ。

八畳の畳の上でじりじり相手と間合いを詰めながら、俺はゆっくりと自分の息を整える。

及川はいつでも動き出せるように上体を丸めて脇を締め、油断なく俺をねめつけていた。フーッフーッと呼吸をくりかえすさまはなんだかネコ科の肉食獣を思わせる。

間合いをはかった獣の足は、次の瞬間畳を強く蹴って俺の懐に飛び込んだ。
(胴に入る!)
とっさに身体をひねれば及川のパンチが空を切るのが視界の端に見えた。俺は交わしたままの勢いでもってその脇腹に拳を突き入れる。

ドッ、と鈍い音がしたが、途中でこちらを見た及川は衝撃を抑えるよう腰を引いたのでたいしたダメージが入ったようにも思えなかった。

立て直し殴りかかってきた右手が今度は頬に入ってぐらりと視界が揺れる。慌てて転がって距離をとると、及川は追いかけようとしたが半ばで滑るように身を崩してその足を止めた。

なんでと視線をやれば、その左足は及川の部屋の真ん中に敷かれた布団を踏みしめている。シーツに足をとられたのだろう、立て続けにやられなくてよかったとほっとする反面、俺たちが数年ぶりにこうして殴り合っている理由をまざまざと突きつけられてどうしようもない気分になった。


最初に「しよう」と言い出したのは及川だった。

「岩ちゃん、したい。俺岩ちゃんとやりたいよ」

もちろん殴り合いがしたいなんて意味じゃない。付き合い始めてこの部屋で二人きりになったある日、後ろから抱きすくめられたところでささやかれたのだ。鈍い俺にだって何がくらいわかるし、こっちだってやりたい盛りだ。

うんとうなずいて部屋の電気を消して、見よう見まねでいつもより大人のキスをして、触り合ってお互い昂ぶったところではたと気がついた。

「オイ、及川なにしてんだオマエ」
「なにって、ゴムだよ。つけないと岩ちゃん後始末が大変じゃん」
「なんで俺だよ」
「えっ、岩ちゃんでしょ?」
「? 俺が、……その、オトコ側だよな?」
「えっ」
「えっ」

結局その日は話し合いに決着がつかないから擦り合って抜いて、ひどく不完全なままに終わった。次もその次もやっぱりそうだった。

及川は俺が入れたほうが絶対上手いし気持ちくしてあげるからとクソ野郎なことを言って男役をやりたがったし、俺だって同じ男なんだから譲れないものもある。

愛するクソ野郎相手とはいえケツの穴なんかホイホイくれてやれるもんか。女みたいに脚を開いて同性に犯される自分なんて、考えただけでもゾッとする。

そもそもがゲイではなく、好きになったのがたまたま十年ほど近くにいた及川だったものだから、決心はいつまで経っても揺るがなかった。

お互い時間が立てばもしかして向こうがウンて言うんじゃないかと淡い期待を腹に抱いてひと月ばかり経ったがやっぱりダメだった。

見た目も性格も真反対だが、俺たちは昔から頑固一徹なところだけはおんなじだ。

埒が明かないから今度は俺からしようと言った。

「及川、殴り合って決めよう。わかりやすくていいだろ」

多少悩むようすも見せたが及川は結局そうだねと言った。もうこうするほかないってこと、多分あいつもわかってたんだろう。

念のための救急箱とサポーターをいくつか用意して親のいない日を念入りに選んで、そうしてようやっと今日が来た。

怪我したり痕が残りそうなのだけはやめようと確認してやり始めて、さっき見たらもう一時間も経っていてぎょっとした。お互い本当の急所は外しているせいで、疲れてはいるものの決定的なダメージはない。

部活のときのようにひたいに落ち始めた汗を拭いたかったが、そんな隙を見せればその瞬間喉元に食いつかれそうでそれすらもままならなかった。

及川は二、三発やられてすでにわずかな鼻血もたらしていたものの、あいかわらず集中して構えたまま俺のようすをうかがっている。

とにかくなんとか目線をそらせればと距離をとったまま考えてみるが、俺はバカだからそういう作戦ていうのてんでダメだ。昔からイタズラするときも頭使うことはだいたいトオルがやってた。

「岩ちゃんはおバカさんだからネ!」

足りない頭の中でムカつく顔した及川が笑う。ブチリ。アドレナリン振り切ってる頭は想像だけでキレた。

「ウオオオオ!」

めちゃくちゃでかい声出して飛び込んでとかく頭突く。正面から来るとは思ってなかったらしい及川は腹に思いきり喰らって、ドサリと俺ごと布団の上に倒れこんだ。

今だ、マウントだ、ようやく上に乗った! 有利なうち一気に決めてしまおうと拳を振り上げ、ーーしかし一瞬、俺は止まる。

及川はひどくつらそうな顔して、両手で腹をおさえていたのだ。苦悶の表情にちくりと迷いが胸を掠めて俺は止まって、たぶん、それが全てだったのだろう。

気づいたときには形勢を逆転され、にやっと笑った及川にマウントポジションをとられていた。やばいと思うひまもなく口を塞がれホールドされていた。

クソ、ふざけんな演技とかずっけーよやり直しだ再戦だ、唇を離せば俺がそう喚くのがわかってたんだろう、唇を噛んでも暴れても何しても及川は俺を離さなかった。

じょじょに酸欠でぼうっとしてくる頭に、いつの間にか脱がされた身体への刺激も加わってよけいに物が考えられなくなる。ぬるついた液体をびちゃびちゃと遠慮もなくかけられ急所を握りこまれてともすれば気をやってしまいそうだった。

ただただ身体が熱い。殴り合ってるときから動物的に興奮して勃てていたのだ、直接触られてしまえば狂いそうなほどよかった。塞がれた口から熱を逃すことすら出来ないからよけいにやばかった。

背中に触れる布団はさっきから俺の汗で蒸れて気持ちが悪くってしかたがない。わかったもうだめだ苦しい降参だ、力の入らない手でトントンと弱く胸をたたくと、及川はすこし迷ってからようやく身を離した。

「っは、……はッ、……っ!」

新鮮な酸素にほうっとしているのもつかの間、尻の穴に無遠慮に突っ込まれてギャッとヘンな声が出る。

「う、うあ、ばか、オマエそんな急に、」
「ん……ごめんね岩ちゃん、でもこうしとかないと岩ちゃんまた殴ったでしょ」
「っ、たりめーだ!」
「エヘ、ごめん。最後のは、俺がちょっとだけずっこかったね」

でも岩ちゃんならあそこできっと止まってくれるって思ったから、そうしたんだよ。俺の身体の中で愛おしそうにぐるりと指を回しながら、うっとりとした顔で及川は言った。

内側を犯されて身体の力が抜けるとともに、へなへなと気力が抜ける。及川に抵抗しようという一切の気力が抜けて、あとにはこの男とやりたいという欲求だけが残ってしまう。

後ろからにしろよとぼそり言うと、及川はめずらしく余裕のない顔で笑ってみせた。


「――あっ、ひぐっ、う、……はっ……」
貫かれて最初に思ったのは、幸せだ、ということだった。痛かったしキツかったし、苦しかったけどそれよりもなんだかじわりとしたものが胸に広がって泣きそうだった。

及川は後ろから俺の腰をつかんで突き入れ、全部をおさめるとひどく満足げなため息をついた。後ろからにさせてよかったと思った。俺は男だから、泣かないけど、でもこんなに幸せでとろけそうになってる顔をこいつに見せるなんてまっぴらごめんだ。

及川は動くよと低い声で短く言って腰を振り始める。男に犯されるたび屈辱と痛みと、途方もない幸福が俺の胸をついた。

だって俺たちはついさっきまで二人とも、抱く側になっても抱かれる側になってもこいつとやりたいって覚悟決めて殴り合ってたんだ。いざとなったら相手のために男のプライドも捨ててやるって決めて喧嘩してた。そんな相手とひとつになれて嬉しくないわけがなかった。

及川がぐちゃぐちゃと音立てて出入りするたび、俺は触られてもない前からだらしなくたらしてシーツに顔を擦りつけた。

こちらには気づかれないようちらりと目だけで振り返ると及川は綺麗な鳶の髪を振り乱して鼻血の跡をぬぐいすらもせず、征服欲の満たされたいかにも男っぽい表情で俺に腰を打ちつけている。

ガツンガツンと腰骨の当たる音にすら興奮して、俺は掴まれて自由にならない尻をへこへこと緩慢に押しつけると、
「岩ちゃん、俺、もう、」
とつぶやいて、及川は数度抜き差しした後でウッと吐き出した。

腹の底はじわっと熱くなって、男として大切なものを失ってしまった衝撃と、それより大きな幸福とをもって俺を打ちのめした。

女のひとが痛い思いしてまで男とやる気持ちはほんのすこしだけわかって、岩ちゃんごめんもう一度と吐き出したばかりの俺を持ち上げる及川は殴りたくて、あんまり嬉しそうにキスをしてくるから殴れなくて、熱にぼやける頭でやっぱりずるい男だなとただ思った。

こうなることはきっと、最初から頭のどこかでわかっていた。










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タイトルは自尊心の方のプライドと格闘技の方のプライド両方です。
(2014.0225)