※以下の内容を含む特殊な話なので閲覧の際は十分ご注意ください※
・及川が後天性の女体化
・及川が岩ちゃんの彼女を寝取る描写
・岩泉♂×及川♀
・妊娠、出産などの話題
・若干のホラー
































大学生のとき、岩ちゃんにはひとりだけ彼女がいた。
岩泉一選手の引退インタビューを見て、そのことを今日久しぶりに思い出した。

『引退後、結婚のご予定などはありますか?』
「イエ、えっと俺、昔からもてないもんですから」
『ええーっ、そんなことないでしょう、幼馴染の及川選手と並んで、もてもてだったんじゃないですか?』
「……ハハ、俺の方は、全然でしたよ。大学のときに、ちょっといたくらいかな」
『これは女性ファンが気になる話ですね、ちなみに好きなタイプは――』

放っておけないタイプ。岩ちゃんの返事に自分のことをそう書いてあるのと、隣のページで引退してる及川選手のステキな写真うつりだけ確認して雑誌はラックにもどした。病院の待ち時間て退屈だ。岩ちゃんも飲み物を買いにいくと行ってさっき待合室を出て行ってしまった。雑誌を読むのにも飽きて俺は硬いソファで目をつむり、うつらうつらしながら彼女のことを思い出す。


長い黒髪の、生真面目な人だった。
岩ちゃんと大学の選択授業で一緒の班になったという彼女は、岩ちゃんにはもったいないくらいの美人だった。当時まだ彼と俺とは付き合っていなかったから、美女に熱を上げる幼馴染を俺は妬ましい気持ち半分、どうせ叶わないだろうって嘲笑半分に眺めていた。

でも、叶ってしまった。
岩ちゃんの恋は叶ってしまった。がさつで眉毛だって太くて、やさしいだけが取り柄の男のアタックに彼女はひと月ほどで落ちてしまった。付き合い始めるという話を聞いたときは愕然としたものだ。

「こういうことに興味はなかったけど、岩泉くんがあんまり押しが強いから」
と、俺に紹介された彼女は頬を赤く染めて言っていた。男と付き合うのは岩ちゃんが初めてなのだそうだ。俺と同居するマンションから彼女を送ったあと、幸せそうに語る幼馴染を見て頭がおかしくなりそうだった。

これから先二人で暮らす部屋にあの子が泊まりに来ることを想像しただけでその夜は腹の中のものをすべて吐いた。岩ちゃんは大丈夫か及川と俺の背中をさすってくれたけど、彼女からのラインが届いたらしい携帯をちらっと気にしてた。

(ああ、だめだ、このままじゃ、)

岩ちゃんは本当にあの子の物になってしまう。そう思って俺は次の日からせっせと彼女を誘惑した。岩ちゃんに思いを抱いてる女の子を誘って俺が落とすことは小学生のころから慣れていたことだったし、今回だって早々に手を出しておけば引き裂けるって思っていた。やるたび岩ちゃんには殴られるけど結局岩ちゃんはやさしいから俺をゆるしてくれる。

彼女を遊びに誘って、何度も何度も口説こうとした。かわいいね、好きだよ、ねえ、俺にしておきなよ。頬をよせてそう言って俺になびかない女の子なんてそれまでいなかった。でも、彼女はちがっていた。

「岩泉くんがいるからだめよ」
「こんなことして岩泉くんが悲しまないの?」
「及川くんとは、もう二人じゃ会えない」

生真面目な彼女は徹底的に俺を拒絶した。真面目すぎるゆえに、岩ちゃんに俺のことを話してはいないようだった。俺と岩ちゃんの友情が壊れるのを気遣っているように彼女は見えた。いい子ぶったそんなやさしささえも憎らしくてしかたなかった。

デートにはもう行かないと切り捨てられて、俺はとうとう裏から手を回した。彼女の所属する合唱サークルの女の子にお願いして、なんとか飲み会をセッティングしてもらった。彼女が酒に弱いことをすこし前岩ちゃんに聞いて、これだと思ったのだ。

実際のところ、大勢の勢いに押し切られ俺の前で初めて酒を飲んだ彼女は本当に弱かった。送っていくよと俺が言いだしてもそれを断るほどの意識もなかったし、その足でホテルに運んでも、服を脱がせて処女を奪ってもほとんど無抵抗だった。半ば眠っているのをいいことに、俺はゴムもせず彼女をやった。

俺にやられてる写真は携帯とデジカメで何枚も撮って、次の朝携帯を壊されてもいいようにウェブのメールにも送っておいた。翌朝目を覚ました彼女はしかし、俺の頬を力ない手でぺちりと一度はたき、絶対に許さないからと吐き捨てただけでホテルを去った。

半ば予想通り真相をなにもつげず、岩ちゃんとは数日後にきっぱり別れてくれたのでほっとした。岩ちゃんは初めての彼女を失ったショックにしばらく荒れていたが、空いた隙間に俺が入り込み慰めたおかげでじょじょにその怒りも収まっていった。結果的に俺と岩ちゃんが付き合うきっかけになったのだから彼女には今思えば感謝したいくらいの気分だ。しかし彼女に関してはそのあと子どもが出来て大学を辞めたという話を遠い噂に聞いて、それぎりである。


ふ、と唇を持ち上げていればふと、頬にあたたかなものをあてられて俺は目を開けた。顔を上げれば、俺のためにホットレモンを買いに行った岩ちゃんがすぐそばに立っている。バレーを引退して一ヵ月、ようやくそこまで人目も気にせず素顔のまま歩けるようになってきた。(人の記憶ってけっこういい加減でミーハーなものだ)渡されたホットレモンをひとくち飲んで、となりに座った岩ちゃんの肩にもたれる。

「ねえ、先生、なんていうかな?」
「……わかんねーよ。わかんねーけど、待つしかねえだろう」

岩ちゃんは俺を落ち着かせるように、というよりはたぶん、自分の気分を落ち着かせるために俺の頭を撫でた。大きな岩ちゃんの手。前よりも大きく感じられる、岩ちゃんの手。気持ちいいなあと思ってそのままにされているとイワイズミトオルさん、保険証を忘れたということにしてつけた偽名をアナウンスで呼び出される。俺たちは恐る恐る、顔と顔を見合わせて、診察室のドアを開けた。


「成人女性として、健康的には何の問題もないでしょう」
「脈拍にも血液にも、異常は見られません」
「安心して帰っていただいて、大丈夫ですよ」

医者の見解は、たったのそれだけだった。二十余年を男として生きてきた俺に告げられた、異常しかない言葉である。俺と岩ちゃんはやっぱり顔を見合わせて診察室を後にした。俺の身体が女性のものになっていたのはけして俺たちの目の問題でなく、揺るぎのない事実だったのだ。

異変に気が付いたのは、今日の朝のことだった。目覚めて同じベッドで眠る岩ちゃんに抱きついて、引退してからはのんびりとした朝を過ごせていたから今日も布団の中でいちゃいちゃしようと思って、しかしとなりの身体に腕が回りきらないのであれと思った。

目を開けたら自分の手は昨晩より明らかに縮み、パジャマの裾を余らせていたので慌てて岩ちゃんを起こして二人で慌てて遠い病院に来て検査を受けた。そうして結果がさっきのあれである。これからどうしようか。帰りの車の中、二人で話したけれど結局こうなってしまた理由はわからないし、起きてしまったものはしかたない、とりあえずしばらく親や近しい知り合いにも黙ったことにしておこうという話になった。

作る気力もなかったからその日の食事は店屋物を頼んで済ませて、そうして夜はいつもどおり二人で同じベッドに入った。

寄り添うと、岩ちゃんはおろおろしてたけど、俺は嬉しかった。

だってこれで、きっと岩ちゃんの赤ちゃん産めるって思ったんだ。男のころ心の片隅でいつもどこかしら望んで、結婚とか子どもとか、そういう話を聞くたび顔を顰めていたそれがまさか、自分の身に叶うのだと思ったらたまらなく嬉しかった。

岩ちゃんに似た太眉のかわいい男の子も、俺に似た美形の女の子もたくさん欲しいって思った。子どもとか苦手だけど岩ちゃんの子なら絶対可愛がれる自信があったし、岩ちゃんのためならどんな痛みにだって耐えられるって思ったんだ。

男のころ使ってたゴムはだから箱ごと捨てた。

「オイ馬鹿ヘタなことしてお前になんかあったらヤベーだろ、」

岩ちゃんはそんなこと言って俺のこと心配してくれたけど、お膝の上にのっておっぱいちらつかせたらそれだけでもうなんにも言えなくなった。おっぱいは帰り道慌ててブラジャー買いに寄った下着屋さんで測ってもらったらDだった。岩ちゃんは巨乳派だからこれくらいのサイズが一番好き。きっと神様はこんなとこまで俺の身体を理想通りに造り変えてくれたんだと嬉しかった。

たぷたぷとおっぱい押しつけて岩ちゃんのことよくしてあげた。胸に挟んで、やわらかいお尻を押し付けて、男のときには出来なかったこと何でもしてあげた。

最初はぐずぐず道徳めいたこと言ってた岩ちゃんは数日もすればかんたんに俺の身体に夢中になった。この年まで女を抱いたことがなかったのだから当たり前かもしれない。覚えたての子どもみたいにがっついて岩ちゃんは俺をやった。前も後ろも、岩ちゃんの望む方を好きなだけやらせてあげた。

岩ちゃんの精子がお腹の中に吐き出されるたび幸せだった。どうしようもなく幸せだった。だって今までは俺のお尻の中で腐って死ぬだけだったはずのそれが、今は生命の予兆を持って俺の下腹を満たしているんだ。

玄関でキッチンでリビングで、あるいはお風呂で寝室で、屋外でだって、隙があれば俺たちはぴったりとくっついて行為に励んだ。

岩ちゃんはもうゴムをしようなんてつまらないことは言わなかった。かわりに子どもが出来たらそんときは俺が支えるからと言って俺の肩を抱いてくれた。背丈が縮んで華奢になった身体を岩ちゃんの逞しい腕に抱かれるとたまらなくきゅんとする。胸もあそこもきゅんとする。たまらなくなってねえとせがんだら苦笑しながら続きをしてくれた。

そんな調子で俺は岩ちゃんと何回も何日も、何週間もセックスしてた。セックスして、ご飯食べて、またセックスして、ときどきお洗濯して、退屈になったら近くの図書館に育児雑誌を借りに行く。

司書さんがなにげなく貸出の手続きしてくれるだけでも俺は浮かれた気分になった。だって男の人が前に同じような雑誌借りて行くのを見て、カウンタの向こうのおばちゃん司書さんたちが新しいパパかしらなんて楽しそうに話してるのを見たことがある。

俺だって男の頃ならきっと同じことを言われただろう、けれど今の俺がその本を借りても彼女たちはなんにも言わずに黙々と仕事を続けている。女が育児雑誌を借りて行ったって、なんにもおかしいことじゃないからだ。

そんなささいな出来事でさえも俺には幸福だった。いい幼稚園の選び方もママさん付き合いの仕方も、幼稚園に持っていかせる巾着袋の作り方もみんな勉強した。岩ちゃんは気の早い俺を笑ったけれど、でも、
「きっといい母親になるな」
って幸せそうに頭を撫でてくれた。岩ちゃんもきっと優しい、いいパパになると思う。懐胎のその日を思うたび、俺はとろけるような気分になった。


だから、なんにも。
おかしいなんて、すこしも、思わなかったのだ。

いつまで経っても生理がこないのは、岩ちゃんの子どもがお腹にいるから。俺の中で新しい命が芽吹いているからなんだと思ってた。信じてた。

もうすぐつわりがくるんだ、そしたら好きなものもあんまり食べられなくなるから、今のうちにたくさん食べておかなきゃなんて思ってた。調子が悪くてお腹の痛い日があるととうとう来たんだと嬉しかった、ただの風邪と知ったとき悲しかった。

まだじょうずに受精が出来てないだけなのかもしれないと思って岩ちゃんとは毎日セックスした。岩ちゃんは俺の身体を気遣って毎日はダメだと言ったけれど岩ちゃんの精子がお腹の中にないと俺はもう安心できない身体になっていた。

岩ちゃんは悲しそうな顔をして、あんまり焦らなくていいんだからなと言いながら俺を抱いてくれる。俺はやさしい岩ちゃんを早く安心させたくてしかたがなかった。

病院に行こうと岩ちゃんが言い出したのは、そんな日々がひと月ほど続いた後のことである。毎日欲しがる俺に付き合って、さすがに岩ちゃんも疲れていた。

「な、一緒に相談しよう、及川」
「もしかしたら俺の方に何かあんのかもしれねーし」
「お前だけに悩ませたくないんだよ」

岩ちゃんの言葉は涙が出るほどやさしかった。うん、うん、岩ちゃん頑張ろうね。泣きながら岩ちゃんと病院に行った。元気な子どもを産もう、頑張ろう、岩ちゃんの運転する車の中、クッションを抱きながら思ってた。いつか母親になる俺のためにと岩ちゃんが買ってくれたハートのクッションだった。

お医者さんに行って、いろんな検査を受けた。岩ちゃん以外の男の人に身体なんか見せたくないから女医さんに替えてもらって、何時間もかけて身体を調べられた。

わかったのは、俺が、子どもを産めない身体だということだった。

先生は専門用語をたくさん使ってむつかしい説明をしてたけど、一言目の残念ですが、から先のことは正直あまりよく覚えていない。岩ちゃんは一瞬ショックを受けた顔をして、けれどそのあとは俺を悲しませまいとずっと手を握っていてくれた。俺は、もう、なんにも言えなくて、岩ちゃんの手を力なく握り返しながら、ぼうっと先生の顔を眺めてた。

帰り道ふらつく俺を、岩ちゃんはずっと支えて歩いてくれた。おまえがいればいいんだからって言ってくれた。そうしてその手が俺の身体を支え直したとき、俺たちは一組の、若い親子連れとすれちがった。

長い黒髪の、きれいな奥さんだった。となりには年長さんくらいの男の子と、その向こうに背の高いやさしそうな旦那さんを連れている。濃茶のくせっ毛をふわふわと揺らした子どもが、あんまり楽しそうに飛び跳ねているので目についた。穏やかに談笑しながら、夫婦は俺たちの横を通り過ぎる。幸せそうな家庭を思わず目で追って、そうして俺は目を見開いた。

“絶対に許さないから”

角を曲がるまぎわ、こちらを振り返った彼女は唇をひらいてたしかにそういった。力なくその場にくずおれる俺の名前を岩ちゃんが呼ぶ声が、どこか、遠くで聞こえていた。






(2014.0211)