『プリ撮りたいからマッキー来て』 友人の及川のメールはいつも気まぐれだった。顔文字やら絵文字やらがやたらにつけられている長文のときもあるし、こんなふうにぽんと用件だけの場合もある。来月のいつ遊ぼうというときもあったし、今日みたいに今すぐ来いということもあった。 変わらないのはそのたび俺が返す『わかった』の返事だけだ。今日もおんなじメールを返しマフラーを巻いて部屋を出た。 待ち合わせ場所が書かれていないときは駅前のキオスク前に来いって意味だった。去年の春、高校上がった頃から遊んでいたら自然とそうなった。 及川はマッキーといるの楽だからと言ってしばしば俺を呼ぶ。善良な幼馴染の岩泉とちがって俺は及川がなにしても叱ってやるほど人が好くないから、ある意味気楽なところもあるんだろう。 まあ俺は及川じゃないから本当のことは知らないけれどと、カシミヤのマフラーを巻き直しながら一月の街を歩く。日曜日の午後は冬晴れで、街中はカップルや家族連れが多くにぎやかだった。きゃあきゃあと走り出す子どもの小さな頭をよけて、駅前の及川のもとへと早足で急ぐ。晴れているからまだいいけれど、寒がりだからこの時期に長い時間待たせるとそれだけで不機嫌になる男だ。今日はメールの数時間前にきていた通話に何度か気づかなかったから、もしかするとすでに結構やばいかもしれない。 ロータリーを抜けてエスカレータを上がり、駅前広場を通って待ち合わせの場所に着くと案の定及川はダッフルを着こみぐるぐるにマフラーを巻いてむすっとポケットに両手をつっこんでいた。寒がりの及川くんは厚着でもこもこして、なんだか雪だるまみたい。 おもしろいから思わず一枚写メったらむっとした顔でほっぺにチュウされた。部室とかで冗談でやられるかわいいやつじゃなくて、不機嫌なときのいやがらせ用のそれだ。駅前を行きかう人たちは一拍間を置いて、それから半分くらいがぎょっとした顔をこちらに向ける。 「……もう、やめてよ及川くん」 「だって、マッキーがいきなり激写してくるから」 俺は悪くないもんと、いいながら及川は俺のPコートを引っ張った。スニーカーは広場をさっさと右に横切って、西口のゲーセンの方に向かっている。 「ねえ、どうして急にプリクラなの」 コートを引っ張る腕に大股でついていきながらたずねれば及川はちらりと振り返って、今日マッキーのお誕生日じゃんと何気ない声で言った。 「え、うそ、覚えてたの」 思わず聞いたらかわいこぶってぷくっと拗ねられた。 「壊れるほど愛してるのに!」 「うん大丈夫三分の一くらいは伝わってるよ及川くん」 「これだからマッキー好き!」 俺も及川の情緒不安定なとこけっこう好き。すぐ機嫌わるくなってすぐご機嫌になるから、同じバレー部でチームメイトになってからも仲良くなるのもすぐだった。 ゲンキンに鼻歌うたい始めた及川に引かれて、西口にいくつかあるうち一番プリクラ機の多いゲームセンターに入る。騒がしい店内でリラックマとキティちゃんののれんに目を奪われギャルの盛りメイクに心惹かれて、しばらく悩んだけれど結局今年は男二人で美白を目指すことにした。 一回で百円玉四枚。二人で二枚ずつ入れてから及川くんが慌てて厚着した上着を脱ぎだしたから最初の一、二枚はたいへんなことになって、結局ちゃんと撮れたのは二、三枚だけだった。ていうかその内の一枚だって及川がふざけて抱きついてきたからとても人に見せられたもんじゃない。バレー部の及川くんファンに万一見られた殺されそうだなと思いながら裏の機械で写真をデコった。及川は俺のとなりで、女の子みたいな丸文字で今日の日付を書いている。 一月二十七日、十六歳の誕生日。 家族には全員予定の合う昨日祝われたし、今年は中学のときの友だちとも約束がつかなかったから特別な用事は入れずに最近知り合った女の子とさっきまで遊んでいた。 まさか、及川に会えるとは思っていなかった。 並んでキメ顔した写真にてきとうなスタンプをぽんぽんと押しながら、嬉しいな、と単純にそう思う。突然だったけれど、彼女には平謝りする羽目になったけれど及川からのメールは嬉しかった。 及川のことは出会った春からずっと好きだ。入部初日に俺をマッキーと決め付け勝手に呼び始めたところも、こんなふうに自分の気分で呼び出すところも、なにかにつけ面倒くさいところもひっくるめてそうだ。 顔のいい及川くんは女の子が大好きだからまさか告白しようとか付き合おうなんてことは夢にも思わないけれど、でもだからこそ今日友だちとして呼び出されたことをひどく幸せに思う。誕生日を覚えていてもらったことだって、さっきは恥ずかしいから流したが本当はたまらなく嬉しかった。 にやけそうになる唇をきゅっと噛み、制限時間ぎりぎりまで頭にリボンをつけていると、となりでペンを置いた及川は不意に、ねえ、と口を開いた。 「ねえ、マッキーさあ、前から聞きたかったんだけど、」 「? うん、」 「――マッキーって、どうして俺とやった女の子とばっかり寝るの?」 「……!」 全身の血が凍りつくかと、本気で思った。大きなペンを持っていた手はぴたりと止まり、静止した背筋をざらりと嫌な汗が伝うような感覚がある。 「マッキー、さっきまでしてたんでしょう。俺の電話出ないことなんて、めったにないもんね。それに、これ、」 あの子の香水でしょうと名前をいいながら及川は俺の肩に手をかけた。さっきまで俺が寝ていた相手、――及川が数週間前まで遊んでいた少女の名前だった。(ああ、きっとさっき抱きつかれたときに気づかれたのだ) 前からなんとなくわかっていたからとおまけに突きつけられて、なんだか喉の奥に石でも詰まったような気分になる。頭の上でガチャガチャと喚いていたゲーセンの音は妙に遠くに感じられ、ぴくりともしない身体の内側で心臓だけがばくばくとうるさかった。 どうしよう。及川にばれた。 及川とはきっと付き合えないからあいつの抱いた相手とこれまでしていたことがばれてしまった。おまえの名残がどこかにあるかもしれないと思って寝たんだよと、言ったら及川はどんな顔をするだろうか。 気味悪がるだろうか。軽蔑するだろうか。及川にされることなら、俺はなんでもいいけど、でももう喋ってもらえなくなったらいやだな。そんなことをぐるぐると考えていたら怖ろしくってとても顔を上げられなくなった。 黙り込んでしまった俺に、及川は呆れたようにため息をついた。 「……ね、あのさあ、マッキー」 「! っご、ごめ、」 「俺、マッキーのこと好きだからそういうことされると困るんだけど」 「……え、」 パサリ。軽い音が足下で聞こえて目をやればいつのまにか完成したプリクラが受け取り口に落ちたところだった。延々に長く感じられたのにたったの五分しか経ってなかったのかとか、それより及川はさっきなんて言ったんだとか、混乱している俺の足下に及川は身をかがめてひょいと写真を拾う。ハハ、マッキーのヘン顔まじうける、声上げて笑う及川の腕をがしとつかむ。 「ねえ、さっきのどういう意味」 「どういうって、……だって、そのまんまの意味だよ」 「俺のこと好きなの」 「……今日、ホントは朝からお祝いするつもりで何回も電話した。それに、」 愛してるって、さっきも、ゆったじゃん。 いつになく気まずそうな声が言い切る前にはたぶん、キスしてたと思う。背後には薄い仕切りのカーテン一枚だけがあって、すぐ近くでは女の子たちの話し声も聞こえてたけど俺は及川にキスしてた。 どんどんって胸を叩かれるけど、無視して、及川を諦めてた時間の分だけ抱き締めてキスをして、これが終わったら今までのことをちゃんとごめんってあやまろうと思った。でももうすこしだけこのままいたい。ぎゅうっと力をこめて抱き締めると、めんどうくさくなったのだろう、及川は諦めたように途中でくたりと抵抗をやめた。 +++ 花巻先輩と及川は悪友っていう響きがとても似合う。さっき思い立って書き始めたから大分遅刻して花巻先輩すみません、おめでとうございます。祝う気持ちが大事なんや (2014.0129) |