おおむね影及ですが及川が多少浮気しているので苦手な方はご注意ください 「ねえ、別れよっか」 行為を終えてストーブの音だけが響く自室、布団にくるまったまましずかに告げると腹の上にぐったり乗っていたトビオちゃんは途端に目を見開いて俺を見る。身じろいだ拍子に身体のなか埋め込まれたものがずれて、喉から小さく声がもれた。そういえば尻にくわえこんだまま言うセリフでもなかったかなと思ったが、言ってしまったものはもう遅い。 言葉を失った身体を抱き締めてその髪を撫ぜると、俺の愛したトビオちゃんの匂いにすこしだけ泣きそうになる。本当はこんなこといいたくなかったけれどしかたなかった。 瞳をとじて、俺はぼんやりとこれまでのことを思い出す。 はじまりは去年の夏、気まぐれにトビオちゃんを誘ったことからだ。 俺は部活を引退してせっせと塾に通っているのに、生意気な後輩は今日もコートで練習してるのかと思ったらむかついたから呼びだした。いつもなら俺の練習に付き合ってくれる岩ちゃんが学校の補習でいなかったからというのもあった。 部活の連絡以外で初めてメールをすれば一言「行きます」返してトビオちゃんは本当に来た。待ち合わせの駅前にいったら妙に落ち着かない様子できょろきょろあたりを見回していたのがおもしろかった。思わず撮ったその日の動画は今も携帯のどこかに残っていると思う。(別れたらこれも消すのかと思ったらちょっとだけ寂しい) しばらく遠目にながめて声をかけ、挙動不審をからかえばトビオちゃんはこういうのあんまないしとぼそり言った。そのときはどういう意味かわからなかったが、そのあとカラオケに連れて行ってやるとそれはすぐにわかった。 トビオちゃんはまるで子どもだった。じっさい十二歳だから子どもなんだろうけれど、バレーボールのコートを一歩離れると本当に、驚くほどに物を知らなかったのだ。 遊び方のひとつでさえ天才は満足に知らなかった。ドリンクバーの使い方も曲の入れ方も、マイクにオンオフがあることさえ結局俺が教えるはめになった。人になにか教えたり面倒を見たりなんて嫌いだったが、俺がそうしないとトビオちゃんは部屋に入っても呆然とするだけで、本当にどうにもならなかったのだ。 歌う前から疲れた喉にメロンソーダ流し込みながら、 「ホントにカラオケ初めてなんだね」 俺が言うとトビオちゃんは気まずそうに目をそらして、いつもは断っているからといった。ふうんとうなずいて、断る理由は聞かなかった。どうせバレーだった。 かわりに今日はなんで来たのとたずねればトビオちゃんは今度はちらりと俺を見て、 「及川さんだったから」 といい、それからイントロの流れ出したモニタをふりかえった。 あんなに一生懸命つかいかたとか教えたのにトビオちゃんの「つばさをください」は超がつくほどのへたくそで、俺はおもわず脱力しながら笑ってしまった。くだらない受験勉強で疲れていたから、そんなふうにばかみたいに笑ったのはひどく久しぶりのことだった。 それからは気が向けばトビオちゃんと遊ぶようになった。同じ部活でにらみあっていた頃は本当にかわいくない後輩だったが学校の外で会うトビオちゃんはいつだって雛鳥のようでおもしろかった。だって単純なトビオちゃんは親鳥の俺がなにか言えばあまりにかんたんにそれを信じたのだ。 楽しかったからいろんなホラを吹き込んだ。「カラオケは自分が歌う番になったら必ず顔芸しなくちゃいけないんだよ」とか「まあ俺は上級者だからしなくてもいいんだけどね」とか、「映画館で学生証見せるときは年組番号それから名前、大きな声でハキハキ受付の人にいうんだよ」とか、全部をトビオちゃんは信じたから何回遊びに行ってもまるで飽きなかった。 「そんなのおかしいよ騙されてるんだよ」 ときおりクラスメイトにそう諭され俺に問い返してくることもあったが、俺がそれにまたてきとうな冗談を返せば「そうだったんですかスミマセン」とあやまるトビオちゃんはやっぱりちょっと頭がたりないかわいい子どもだった。 ちょっとときめいたから 「プリクラはちゅーしながら撮るのが普通なんだよ」 いつもみたく真剣な顔して言ったらトビオちゃんはあっさりとファーストキスをくれた。お腹の内側がくすぐったいような気持ちとそれからこみ上げる笑いとをこらえながら後ろの機械で日付とか書くのけっこう大変だった。 トビオちゃんはなにを書いたらいいかわからず困っていたからこういうときはとりあえずまつ毛増量しとけば大体オッケーだよって言ったらホントに植毛してた。印刷してみたら二人ともキャバ嬢びっくりの顔になってて思わず笑っちゃったからそれはさすがに嘘だってばれた。トビオちゃんは真っ赤になって怒ったけど、でもその次の日曜またプリクラとろ? って誘ったらやっぱりハイって言ってキスしてくれた。 そうして一、二ヶ月が経つころにはたぶんもうセックスしてたと思う。 俺がトビオちゃんをやってもよかったが、一回りも二回りも小さい身体を犯すのはさすがにアレな気がしたからやらせてやると単純なトビオちゃんはすぐにその遊びを好きになった。 男は初めてだったのに二回も三回もやられて妙な快感に目覚めてしまった俺もすっかりトビオちゃんとやるのが好きになった。トビオちゃんのことがもうすっかり好きだった。 「ねえ好きだよ、」 俺の腹の中にぶちまけて満足そうな顔をしたトビオちゃんに言うと俺もですと返されて嬉しかったのを覚えている。人と付き合うのって嬉しいことなんだと思った。そういえば俺から誰かに告白したのはトビオちゃんが初めてだ。 浮かれて次の日岩ちゃんに報告したら岩ちゃんはため息をついて、 「あんまりかわいそうなことはしてやるなよ」 と俺に言った。するわけないじゃんと思った。するわけないじゃんトビオちゃん好きだし俺それなりにいいコにするし、前付き合ってた子のときみたいな浮気とかももうしないよってそのときは思ってた。 でもだめだった。付き合い始めてけっきょく三ヶ月で俺は浮気した。かといってトビオちゃんのことを嫌いになったとか、そういうわけではない。どちらかといえばむしろ逆だ。トビオちゃんのことはまるで底なし沼にはまるよう好きになった。 トビオちゃんの背丈はぐんぐん伸びた。顔つきもすこしずつ大人びて、トビオちゃんはだんだんときれいになった。けれどあいかわらず俺の冗談にはかんたんに騙されてくれる子どもだった。一緒にいるのはやっぱり楽しかった。 だけど浮気した。 トビオちゃんは俺のこと好きだと言うし、俺が呼べばどんな遅い時間だって来てくれるくせにそれでも一度だって自分から俺には連絡をくれなかったからだ。たまにはわがまま言ってよと俺がいったってトビオちゃんはハアとうなずいただけで、やっぱりその後なんにもなかった。メールも電話もデートもえっちも全部が俺からだった。 単純なはなし俺は寂しかったのだ。だからそのときたまたま誘ってきた元カノと寝ることにした。行為を終えてパンツを履きながらそういえばこのことを話したらトビオちゃんが妬いてくれるんじゃないかとふと思った。 次の日わくわくトビオちゃんに話した。付き合ってるんだからさすがに怒ってくれると思った。妬いてくれたらその場でトイレの個室に連れ込んじゃうかもしれないとも思った。スキンだって制服のポケットに入れていた。 けれど肝心のトビオちゃんは話を聞いてもすこしおどろいた顔をしただけで、やめろともいやだとも言わずに 「つぎ移動教室なんで」 と行ってしまった。廊下にひとりぽつんと残された俺は、たぶんあまりに滑稽だった。 「ねえ俺ってばホントは愛されてないのかな」 しにそうになりながら岩ちゃんに相談したら岩ちゃんは読んでいたジャンプから顔も上げずにそんなことないんじゃんと言っていた。岩ちゃんの部屋にあるナルト今度偶数巻だけ捨ててやろうと思った。(飛び飛びで手元にないのって地味に腹立たしいよね) それからというもの俺は躍起になって同じようなことを繰り返した。 手近な女の子ならだれでも、ちょっと顔が好みじゃない子でもまあ後ろからやればいいやと誘ってトビオちゃんにそのことを報告して、そうして期待通りにはいかない日々が一ヵ月二ヵ月、年をまたいでそれでも続く。クリスマスもお正月も連れ出したのは俺のほうだ。 浮気は嫌ですとか、今度どこに行きたいですとか、たったのそんな一言でよかったのに。 「……でもトビオちゃん、結局なんにもくれなかったよね。俺、疲れちゃった」 もう疲れちゃったんだよ、掠れた声で言うと黙っていたトビオちゃんはようやっと口をひらき、ぽつりといった。 「及川さん、もしかして俺と、付き合ってたんスか」 「……え?」 見上げれば俺の上に乗ったままのトビオはひどく驚いたような顔を向けているのでむしろ俺が唖然とした。なにを言っているんだこの子どもは、本気でわからない。 「え、えっトビオちゃんなに、えっ、付き合っ、てたでしょ? 俺とさ?」 「……知らなかったっス」 気まずげにぽそりと吐かれた言葉に目の前が遠くなりそうだった。俺はとうに恋人のつもりでいたのにトビオにとってはそれすらちがったのか、俺はひとりでバカみたいに舞い上がってたのか。なんてザマだ。今まで女のコたちとずさんに付き合ったり勝手に幼馴染のナルト偶数巻全部捨てたりした分の罰が全部当たったような気分だ。(いや後者は実際物理的にこの前何発か当たったんだけど) なんだか悲しいのと悔しいのと、こんな自分が滑稽なのとが入り混じってどうしようもなく笑えてきた。くつくつと力なく肩を震わせていれば、しかしトビオちゃんに右の頬をつかまれる。 いつからですかとトビオちゃんは言った。 いつからって、どういうことだろう。ああ、いつから俺が勘違いしてたかってはなしか。 「あのときだよ、俺が好きって言ったらトビオちゃん俺もですって言ったじゃない」 「……あんなの、誰にでも言ってるんだと思ってた」 「そこまでゆるくないよ、俺」 「(……そうか?)」 「オイ下半身見んな」 「スンマセン」 ていうか裸のまま転がっていたらさすがにちょっと肩が冷えてきた。いいかげん放り出したシャツを着ようと身を起こしかけて、けれど、途中で止められる。トビオの掌は、俺の手首をぎゅうっと握り締めた。 「? トビオ、」 「――及川さん」 「!」 自室の障子窓越しに淡く射し込むだけの薄闇の中、間近で目が合ったトビオはいつになく真面目な顔で俺を見下ろしている。バレーのほかでこいつのそんな表情を見ることはあまりなく、すこしおどろいた。トビオはゆっくりと口をひらく。 「俺、……その、すみません。及川さんが女の人とした話とか、本当は聞くのヤだったんですけど、でも自分が及川さんと付き合ってるって思ってなかったから、何か言ったら及川さん、そういうのうざいかなって」 「え、」 「休みの日も、何度かメールとかしてみようと思ったけど……及川さん、女の人と一緒にいるかもしれないし、俺から連絡するの、待ってると思わなかったから 「……なんだよ、それ」 「すんません。でも、俺、これからは嫌なこととかしたいこととか何でもいうし、だから、あの、」 及川さん、俺と付き合ったままでいてください。 コートの外の世界で、それはトビオが初めて俺に願ったことだった。俺が今日まで待ち望んだお願いごとの、最初がそれだった。(なんだよ、それ、トビオのくせに、ちくしょう、) 鼻水がたれるのは、一月の部屋が寒いからだ。ストーブぼうぼうについてるけど、そうだ。両目からぼろぼろ零れるのは、きっと今年から華麗な花粉症デビューを果たしたせいにちがいない。まだ一月でスギもヒノキも雪に埋まってるけど、たぶんそうだ。 ぐちゃぐちゃの顔を見られるのは癪で布団に顔をうずめるとトビオは困ったように及川さん及川さんと俺の名前を呼んだけれど、全部シカトしていたらやがて諦めたように首筋にちゅ、ちゅ、と落とし始めた。トビオなりになぐさめているつもりらしかった。 腕だけをそっと伸ばしてその頭を抱き締めると、トビオは鎖骨のあたりでなにごとかをもごもごとつぶやいている。目元をぬぐって顔を上げれば、 「今まで週一だったけど、これからは週三くらいでやりたいです」 と恋人は言った。俺の涙と鼻水を返せ。 +++ 去年の5月頃から書きかけで放置されててちょっとびっくりした。あのころはこれくらい影及仲良くてもいいじゃろって思ってたんだけど原作進んだらもっと険悪でびっくりしたよね 及川はこういうめんどうくさいこじらせ方をひとりでしそうだし、試合以外でトビオちゃんに会うとなんかメスネコっぽいかんじの雰囲気かもしてんなあって思います。シャーッってかんじね (2014.0120) |