とろりと濁った甘酒は飲み干すと腹にじんと甘く染みて、初春の神社の寒さがここだけましになったようにさえ感じられた。神社の職員にもらったやわらかい紙コップをくしゃりとつぶしていると、となりでぷはあと白い息を吐いた菅原はへにゃりと笑って俺を振り返る。

「……烏養さん、今日は一緒にお酒が飲めますね」

ささやかれた声は境内のゆるやかな人ごみの中小さくしずかで、しかし俺の耳にはたしかに届いてなんとも嬉しいような気まずいような気分にさせられた。

俺は成人さえ果たしていない年下の同性と、本当ならおおっぴらに許されない高校の教え子と付き合っているのだ。ささいなことでも実感させられ黙り込むと、しかし気の利く年下はぱっと俺の手をとってねえと見上げた。

「おみくじ、おみくじ引きましょう。俺まだ引いてないんです」

ね、いいでしょ? 菅原はわざと甘えた声を出した。自分が年相応にはしゃいでいれば、俺もしかたないなとそれを見守る保護者という役になれる。一緒にいることがすこしだけ許されたような気持ちになれることを、聡い子どもはよく知っているのだ。

俺は苦笑してその頭をぽんとやる。
「混んでるんだから、はぐれるなよ」
呆れたふうな声をつくってそう言えば菅原は嬉しそうに顔を輝かせて、ハイッ! と元気な返事をした。近くを歩いていた人が思わずちらりと振り返るくらいはつらつとした声は若くまっすぐで、冬晴れの空のようにすこしまぶしくて、心地よかった。

元旦の今日、本当は、菅原と会う約束はなにもしていなかった。

付き合っているとはいえ菅原にも家族がいるし、一緒に詣でたい友だちも多いだろうと思ってクリスマス会ったときにもその話はしなかったのだ。

そうして実際菅原はついさっきまでクラスの男子たちと初詣をしていた。俺と偶然すれちがったのはちょうどその、帰り道に神社を出るときのことだ。ごろごろしてんじゃないわよ初詣くらい行ってきなさい、母親にそうやって家を追われた俺と菅原とはたまたまそこで鉢合わせた。

その場は向こうに連れがあったから軽く目と目を合わせただけで通り過ぎて、わずか二、三分後に向こうから電話がかかってきた。連絡のくるような気は半分くらいしていたが実際に鳴ると大人気なくも嬉しく、ついついワンコールで出てしまってからなにをやってるんだろうとすこしおかしかった。菅原はもうこっちに向かって走っているところだった。

「烏養さん、なに吉でした?」
「お、……ああ、ぼちぼちだな」

人気の少ない結び木の近くでこれと言って悪いことも書かれていない中吉を見せると、菅原はいいなあと肩を落とした。のぞきこめばその手元の末吉は、たしかに吉とついているわりにろくなことが書かれていない。はははと笑えばバチでも当たったのかなあと菅原はぼやいた。

「? バチってなんか、あったのか」
「! あ、いやそのいや、なんでもないですけど!」
「……なんでもないっつう慌て方じゃねーだろそれ」
「うっ、うう、」

菅原はしばらく困ったように目を泳がせていたが、やがてハアとため息をついてベージュのダッフルコートのポケットに手を突っ込んだ。もどってきた手のひらには一枚、折りたたまれたおみくじがある。

「ごめんなさい。さっき友だちと一緒に引いてたんだけど、俺、さっき嘘ついちゃったから」

しょんぼりうなだれてそんなこと言う恋人を、俺に気を遣って引こうと誘った恋人を、いったい誰が叱れるだろう。思わず目を細めて手のひらのそれを持ち上げると、堂々とした大吉の文字がそこにはあった。

「なんだ、だったら先に引いたこっちのがホントの結果だろ、気にすんな気にすんな」

軽く笑って言ってやれば菅原はほっとした顔をして、そうですねとこくりうなずいてみせる。だってこれは当たっていたしと指でさされた欄には「待ち人すぐ来る」の一言があって、こういうのって案外当たるもんなんだなと内心ちょっぴりびびった俺だ。

菅原の末吉を木に結んで境内を出ようとすると、今度は同じバレー部の澤村と東峰にすれちがった。狭い町内に神社は三、四つ。四分の一で同じところに行くんだから鉢合わせてもまあおかしくないだろう。

しかし二人は菅原を見るとあれっという顔であけましておめでとうを言った。どうかしたのかと聞こうとして、それより先にああ俺が一緒だからかと気づく。

「ついさっきそこで会ったんだよ」

たずねられる前に俺が言えばはあとうなずいて二、三話をしたあと澤村たちは奥に向かって歩いていった。人の流れに消えていくその背中をすこし眺めて、俺は神社をあとにする。

本当は、菅原がくるのを断ったほうがよかったんじゃないかと心の片隅で思っていた。仲のいい友だちよりも自分を選んでくれたのが嬉しくて素直に入り口で待っていると答えてしまったが、年の近い友人とわいわい過ごすほうが菅原も楽しかったんじゃないか。俺に気を遣う必要もないし、あるいはそっちのほうがよかったんじゃないか。慣れた軽口たたきながら歩いていく澤村と東峰を見ていたらそんなふうに思った。

思い始めてしまった足取りはなんとなし重く、気づけば菅原が数歩前を行っていて慌てて大股で小走りにそれを追いかける。歩調をゆるめた菅原はちらりと俺を振り返って、そうしてその眉をきゅっとハの字にした。

「……烏養さん、今、俺が友だちと一緒にいる方が似合うのに〜とか、そういうこと、考えてるでしょう」
「!」
「あ、やっぱりそうだ」

目聡く読み当てた菅原はふふふと得意げに笑って、それから俺の手をとった。突然の温度にびくりと俺は辺りの住宅街を見回して、誰かいたらしないですと菅原にまた笑われる。いつもは心地よく差し向けられる気遣いだがときどきこんなふうに意地の悪いことがある。そういうときの菅原はひどく男っぽい顔をするからどこかぞくりとさせられて、生意気だけれど、好きだった。

似合うとか、そういうのじゃないんですよと隣をあるく男は言った。

「たしかに俺まだ高校生だし、そりゃ、同級生と一緒にいる方が自然なのかもしれないけど、」

でも、烏養さんといるのが好きなんだ。

それは一切のよどみのない、澄み切った声だった。年上の俺が常識にとらわれぐずぐず考えるのを一言でばかばかしいとすら感じさせる、真摯な言葉だった。

信号でちょうど立ち止まると向こうからは自転車が一台やってきて、菅原はなにげない仕草で俺の手から自分の手をすっと引く。離してくれてよかったと思った。一瞬で上がった心拍数も体温も、直接触れられてばれるのはあまりに恥ずかしすぎた。

国道の別れ路に来て立ち止まると菅原はすこし逡巡して顔を上げ、

「いつもは北の神社に行くけど今年は烏養さんに会えるかもしれないと思ってあの神社に行ったんです」

反省する子どものような口調で俺にそう言った。人目もなにも気にせず思わず肩口をつかんで顔を寄せたのは、今度は俺のほうだった。






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おめでとうございます。昨年菅原×烏養さんを〜と言ってもらえて嬉しかったのでちょっと書いてみました。あのときの方に届いていればいいな (2014.0104)