※モブ女子多めです







その日、トオルはユリちゃんの家に三角リリアンをつくりに行くのだと言った。

三角リリアンというのは分厚い工作用紙を算数の六面体のコマのようなかたちにして、それに色々な刺繍糸を順番に巻きつけた工作だ。つまりは女の遊びである。

「岩ちゃんも一緒に来る?」

振り返ったトオルの言葉にはだから行かないと首を横に振った。そっかとあっさりうなずいてあいつはクラスメイトのユリの家に行った。

まったくむかつく。気に入らない。
帰り道の石コロをスニーカーで蹴ると、道端の電柱に当たったそれは跳ね返り俺の膝小僧を打ってよけいにむかっ腹が立った。

十二月は半ズボンじゃさすがに寒いけど、今日は三組の牧野たちとサッカーをしようと思っていたからこれできたのに。トオルがあんなこと言い出したせいで俺まで帰るはめになった。本当はトオルが行かないからって俺までやめる必要はなかったんだけど、あいつが行かないとなったら途端にめんどうくさくなったのだ。

そんなことも棚に上げて俺はぎゅうっとランドセルのベルトを握り締める。いつも二人で帰る道はひどく短くあっという間に感じられるのに、今日はまるで全然たどりつかない道のように見えて退屈だ。

(あーくそトオルめ、あとで会ったらぜってー泣かしてやる)

心にそう強く決めながら両手をズボンのポケットに突っ込み握る。冬の夕べはさすがに冷えて、つむじ風の通るたびよけいに心がささくれだった。トオルがここにいたら。何べんかそう思って、やっぱり腹が立って、ううんと首を振った。


幼馴染の及川トオルが、こんなふうに俺以外の誰かを優先するのはめずらしいことだった。昔から岩ちゃん岩ちゃんとバカな犬みたいにすりよってくるやつだったし、俺だってめんどうくさい顔しながらもそれが嬉しかった。

俺たちはいつも二人だった。たとえば誰かの家に遊びに行くときも片方が呼ばれたらもう片方当然のようについていったし、小学三年のときクラスで飼っていたカイコの繭を誤ってトオルがだめにしてしまったときも二人でごめんなさいをしてその罪を被った。

俺たちは二人で一緒におんなじ遊びをしたかったし、おんなじ悪口を言われたかった。あいつはいつも調子がよくておちゃらけていてキレイな顔で、俺は反対にいつもむすっとしていて愛想も悪くて、でも誰より一緒で、誰より仲が良かった。

「オツキアイしようよ」
と小四の冬にトオルが言い出したのも、だからその延長のようなものだった。あのころまだ周りにそんなことをしているやつらはいなくて、どういうことだと聞いたら

「友だちよりもっと仲良しになることだっておかあちゃんが言ってたよ」

とそういってトオルは俺にキスをした。トオルの小さなおくちはふにっとしていてやわらかくて、押し当てられるとひどく気持ちがよかった。こんなに気持ちのいいことをこいつは俺だけにするんだと思ったら嬉しくなって、付き合い始めてそうして丸一年が経つ。

友だちより仲良しにと、言ったとおりに俺たちは前よりお互いを特別に扱うようになった。小学五年生の特別っていったってたかが知れているって思うかもしれないけれど、子どもの特別っていうのは、ほんとうのほんとうに特別っていうことだ。

それは大好きな放課後の遊びを決めるとき絶対に相手を優先するとか、一緒に出かける約束のためならお正月のお年玉をうんと我慢して貯金して、そうして二人でとびきりのお出かけをするとかそういうことだ。

つまるところ今日のトオルがしたことは、付き合っている俺たちのあいだでの重大なルール違反なのだ。ユリの家に行くなら行くで、俺に最初に相談するべきだった。俺はいつもトオルに対してそうしているし、トオルだってそうだった。

でも今日はなんだかヘンだった。もう決まったことだから、岩ちゃんの言うことはきかない。言葉には出さなかったけどそんなふうな態度だった。思い出すだけでもああクソむかついてくる。ようやっと家に着いてランドセルを放り投げるとそれを見つけた母ちゃんにたんまり叱られてよけいに嫌になる。冷たい廊下で正座をさせられながら、あとでトオルが家にきたら、うんと八つ当たりをしてやろうと思った。トオルのことだからどうせ出来上がった三角リリアンを俺に見せにくるだろうって、そう、思っていた。


トオルはしかし来なかった。
次の日も、その次の日も俺とは遊ばなかった。

どころかだんだん教室でさえ女子たちのグループとつるむようになった。トオルは男だけれど女に間違われるような顔立ちをしているし、そのせいで女子にも人気だからオカマだとかバカにされるようなこともなく自然にそっちのグループに溶け込んだ。小学校はまだ体育の授業も着替えの時間も男女一緒で、だからトオルはほとんど女子たちと、とりわけユリと一緒に行動するようになった。

俺は頭を抱え込んだ。どういうことだってトオルに聞きたかった。けれどトオルの周りにはいっつも子犬のようにキャンキャンとグループのうちの誰かがはべっていたのだ。その声を押しのけてトオルに声をかけることは、小学五年の男子にとってはとても難しいことだった。

トオルは今日もユリと笑っていた。親戚のおじさんが来たときに見せるようなお愛想笑いだった。ユリのことを好きになったわけじゃないんだろうとぼんやり思った。

(じゃあ俺のことを嫌いになったってことか?)

考えてみるけれど俺はバカだしトオル本人でもないから結局答えはわからなかった。学校から帰って時間が余るからしかたなく向き合ってみる算数の宿題もてんでダメだった。こういうのはいつも賢いトオルに教えてもらってたんだ。

「岩ちゃんは俺がいないとホントにだめなんだから」

トオルはそう言っていつも得意げに笑って計算式を書いた。そうして歌うようにその式の説明をして俺がわかるまでくりかえして、算数のドリルが終わるとがんばったねえ岩ちゃんと言って俺にキスをした。トオルにぎゅってされてちゅっとやられると、俺はいつも頭がぽうっとしてどうしようもなくトオルを好きになった。トオルがいないとドリルはまるで終わらないし、やる気もまったく起こらない。

(トオルが言ってたのは本当のことだったんだなあ)

いなくなって初めてそう思った。そう思いながらぼたぼたと泣いた。トオルはどうして俺のそばから離れてしまったんだろう。ドリルは終わらなくていいからせめてその答えだけでも知りたかったのに、子どもの俺はいつの間にか泣き疲れて眠ってしまっていて気がついたら夕飯の時間で、こんなにかなしいのにお腹はぐうぐう空いて、ひどく情けない気分だった。


教室でユリと偶然二人きりになったのは、それから数日後のことだ。
俺が忘れ物を偶然とりにもどったところでちょうど鉢合わせたのだ。明るくて人気で女子のグループの中心みたいなやつだから、そういえばこいつがひとりでいるのもめずらしかった。なんとなし気まずいような思いでよおと軽く声をかけてそれから自分の机をごそごそとあさっていると、しかしユリは不意に俺を振り返って言った。

「ねえ、イワイズミって、トオルくんと付き合ってるってホントなの」
「! な、なんだよ。……だったら、なんだっていうんだ」
「なんだって、ヘンだよ、そんなの」
「はあ?」

ユリは意気込むように席を立った。お母さんに結んでもらった自慢のツインテールを揺らして、小学五年の女は俺をにらむ。

「ヘンだよ、男同士でそんなの。だって先生に聞いてもヘンだって、言ってたもん」
「ヘンって、なんで」
「し、知らないよ! ヘンなものは、ヘンなの!」

だからトオルくんとは付き合わないでよって、今にも言い出しそうな雰囲気だった。俺はそれを見てどこか冷静な頭で、ああ、そうか、って思っていた。

(そうか、こいつ、トオルのことが好きなんだ)

なあそのことトオルにも言ったのか。静かに聞けばユリは勝ち誇ったような顔でそうよと言った。なんだかかわいそうだと思ったが、そのときはどうしてそんなことを思うのかよくわからないままありがとうと礼を言ってちょうどそのとき教室にもどってきたトオルをつかまえた。ユリがこんなに一生懸命待っている相手なんてこいつしかいないだろうって、話している途中でうすうす気づいていたのだ。

背後ではユリのうるさい声が聞こえて、腕をつかまれたトオルはひどく困ったような顔で岩ちゃんいやだよと言ったが全部シカトした。俺は黙ってトオルを理科準備室に連れて行った。ほとんど使われることのないその部屋は小学校に入って初めての探検で俺たちが見つけたとっておきの部屋で、内緒の話をするときや二人だけでぼーっと日向ぼっこをしたいときに使う場所だった。

立て付けのわるいドアをギギイと閉めて暴れる腕をようやく放してやると、トオルは唇を尖らせて俺をにらむ。

「岩ちゃんこうゆうのやめてよ、なんでこんな、勝手なことするの」
「アホ、勝手はおめーのほうだろが」

ぐわし。色素のうすい頭を両手でつかむとなんだかひどく久々にトオルに触れたような気がして胸のあたりがじわりと熱くなった。かびくさい散らかった準備室で、ほとんど背丈の変わらないトオルの頭をぎゅうっと抱き寄せる。トオルは慌ててじたばたともがいたがゆるさなかった。むしろ両腕により力をこめて俺はすぐそばのトオルの耳にたずねた。

「俺たちがヘンだって、ユリに言われたのか」
「!」

サッと青くなった頬はわかりやすいトオルの返事だった。ばかだな。思わずつぶやけばトオルはその目じりにぶわっと大粒の涙をあふれさせる。

「だ、だ、だって岩ちゃん、岩ちゃんが、」
「俺が、なんだよ」
「お、おれと、付き合ってたら、……みんなにヘンだって、いわれちゃうよ」
「みんなって、誰」
「だれってユリちゃんとか、センセイとか、あとミホちゃんも、カナちゃんもヘンだっていうもん」
「……ほんと、ばかだなおまえは」

ええっと驚きに揺れる肩をわしづかんで見つめさせる。鳶色の瞳は差し込む夕日を反射してその中に俺だけを映す。ひどく満ち足りた気持ちになる。そっとくちをひらいた。

「なあ、おまえ、俺よりもユリとか先生とか、みんなの言うことの方が大事か」
「! ち、ちがうよ岩ちゃんが一番だもの」
「うん。な? だべ」
「う、うん」
「だったら、黙って俺と一緒にいたらいいだろうが」
「そ、そうなの?」
「そうだろ。おまえの一番の俺が言うんだから」
「……あ。そっか。そうだね?」

へにゃへにゃ、へにゃり。気張っていたのが力抜けたみたいにトオルはしゃがみこんだ。大丈夫か、のぞきこむように俺もしゃがめばその手はエヘヘと嬉しそうに伸びてくる。岩ちゃん、岩ちゃんちゅーしたい。へらへらと笑うバカな顔はもうすっかりいつもどおりのトオルだった。バカおめ学校だろ。笑いながら叱るゲンコの力はいつもよりすこしだけ抜いて、嬉しそうに飛びついてきたトオルに押し倒されて顔中ちゅっちゅとやられて、その日はほこりに汚れた洋服を二人で母親たちに怒られた。

次の日廊下でふとすれちがったときユリは俺のことを泣き腫らした顔でにらんできたが、お前があいつを好きなのと俺があいつを好きなのなんにも変わらないよとその耳にささやいて通り過ぎてそれからは俺になにかを突っかかるようなこともなかった。

次の年クラスが替わってあいつがとなりのクラスのやつと付き合い始めたことは、すこし気恥ずかしげな本人のくちから、直接きいた。






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三角リリアンってそういう名前のもんだって幼少の頃からずっと思ってたんだけどちがうんですかね?
ぐぐったのにほとんど資料が出てこなくてびっくりしたよ。私は子どもんときよく作ってたんだよ
結構一般的なものだと思ってたのにそうでもないらしい。アレホントなんだったんだろうな
(2013.1223)