件名:と〜るくんゴメン!

風邪引いて今日は外出らんなぃ(>_<)
また今度埋め合わせするし(;_;)
絶対遊ぼうねえ〜

ぽんぽん、ぽん。
iPhoneの連絡先を編集するのはかんたんで、送り主のアドレス削除するのにほとんど時間はかからなかった。電源ボタンを押して画面を落とし、昨日まではセフレだったサユリちゃんのアドレスが消えた携帯をジーンズのポケットにしまう。

ドトールの紙コップにはまだ半分ほど重みがあったが持ち上げて席を立った。クリスマスイヴひとりで飲むキャラメルラテはびっくりするほどまずい。ドタキャンまで食らってはなおさらだ。

どろりとぬるくなったMサイズをゴミ箱に流し捨て、俺はイライラと駅前の店を出る。

もっといい男が捕まったからそっちを選んだのは明白だった。だって俺の知っていた彼女は万一風邪なんか引いても男と遊ぶためならつけまつげに余念がないような女だ。

イルミネーションに彩られた駅前をゆきながら、やっぱりてきとうな相手を誘うんじゃなかったと冷たい鼻をすすった。


キラキラ輝くひかりの道を、本当は国見ちゃんと一緒に歩きたかった。

国見ちゃんていうのは部活の、高校のバレー部の後輩だ。いっつも気だるげでだるそうな顔してるくせに俺がバカなこと言うと必ずぼそっとつっこんでくれるところが好きだ。

意外と笑いの沸点が低くて喋るとすぐ笑ってくれるとこも好きだ。つまるところ国見ちゃんが好きなのだ。
けれどイヴには誘えなかった。

「日曜はなにか予定あるの?」

部活の終わり偶然二人になったときたずねると国見ちゃんはすこし考えるように目をそらし、それから
「クラスのクリスマス会が」
とぽつり言った。

ただの部活の先輩がそれ以上を誘える気はしないから会話はそれぎり別のことに移して、けれどどこか噛み合わない雰囲気のままその日は終わった。

冗談っぽく
「彼女に振られちゃったから遊んでほしかったんだ」
とでも言ってみればよかったと後から思ったが、どのみち国見ちゃんに嘘をつける気もしなかったから同じことだ。

そうして国見ちゃんの代わりにアドレス帳からてきとうに選んだ女の子にはあっさりとふられて十二月の寂しい夜を歩いている。

短いダッフルの前を締めてつまらない帰路をゆくと、駅前の大通りは呼び込みをするにわかサンタといちゃつくカップルばかりでよけいに腹立たしい。

俺以外に一人で歩いているのなんてほとんど見受けられな

「……え」

い。で終わるはずだったのにそこで止まった。俺は立ち止まった。

目の前には俺が今日望んだ相手がひとりで立っていた。え、あの、国見ちゃん。思わずもらせば後輩は気まずげに小さくうつむいて、ドウモとわずかに頭を下げる。

横には大通り外れのロッテリアがあった。ドトールでラテしか飲んでいなかったお腹が空気を読まずにぐうと鳴る。街中に流れるクリスマスキャロルもここではすこし音が小さい。

くるり。
ゆっくりと振り向けば目が合った国見ちゃんはびくりと肩を持ち上げ、それからすこしの間耐えたけれど結局ぶはっと噴き出した。
コートの裾をつかんでドアを開けるまで、たぶん五秒もかからなかっただろう。


二人分の注文を持ってテーブル席に着くと、店内は日曜のわりに空いていた。レジに並んでいた客も半分は持ち帰りを頼んでいたから家に買って帰る人が多いのだろう。

俺は窓際の端の席でコートの首元をゆるめ、ダブルチーズにかじりつきながら向かいの国見ちゃんに目を向ける。

「国見ちゃん、ホントにそれだけでよかったの」
「え? ああ、……さっきまでクラス会のカラオケで軽く食べてたんです」

お腹けっこういっぱいだから。そう答える国見ちゃんの前には奢ってあげると言ったのに抹茶ラテのカップがひとつ。熱いのは得意でないのかさっきから冷ましながらちまちまとすすっている。

そうなのとうなずいて、クラス会があると言っていたのはちょうど終わったところだったのかと内心納得した。そういえば時間までは聞いてなかったっけ。たまたま捕まえられた幸運に今さらじわじわ嬉しくなる。

ニコニコチーズバーガーに噛みついていれば国見ちゃんはふと首を傾げ、
「及川さんは約束ないんですか?」
とおずおず聞いた。

「べつにないよ」
答えるとめずらしく驚いた顔をされる。

「てっきり女の人と一緒なんだと思った」
「あ、うん、さっきまではそのつもりだったんだけどドタキャンされちゃって」
「えっ、及川さんが?」
「……わるかったね?」
「! あ、いや、そんなこともあるんだって思ったから」

スミマセン悪気はなかったんですけどと、言うわりに国見ちゃんの口もとはかすかにゆるんでいた。真面目に見えて案外人がわるいのだ。

無言で抹茶ラテを奪い飲んでやってから俺も熱いのはめっぽう弱いことを思い出した。熱さにせきこんでいるとやはり無言で俺のメロンソーダを差し出してくれる国見ちゃんのやさしさがありがたく、同時にたいへん情けなかった。


客も少ないのをいいことに国見ちゃんとはそれからしばらく他愛もない話をした。笑ったんだから付き合ってよってすねたふうに言えば後輩はしかたないなという顔でそれでも笑ってうなずいてくれたのだ。

俺は嬉しくっていろんな話をした。チーズバーガーはおいしいけど後半からもったり飽きてくることも、昨日の休み時間岩ちゃんの体育着勝手に借りておもっきり怒られたことも、冬休みは父方の実家にもどるからヘタクソなスキーをしなきゃいけないこともみんな話した。

ひとくち食べてあげましょうか、それは100パーで及川さんが悪ですね、へえ、スキーは苦手なんだ。気のせいかもしれないけど相づち打つ国見ちゃんもなんだかいつもより楽しそうだった。

知り合って最初のころは表情の起伏が少ない子だなと思って見ていたけれど話すようになってみるとそのささいな変化でもこの子が喜んでいたり楽しんでいたりするのがわかるようになって、たぶんそれに気づき始めたころから国見ちゃんを好きだったと思う。俺の話を聞いて、その顔が意外なほどの早さで移り変わるさまをそばで見るのはいとおしかった。

だから今日は本当に、本当にこの子に会えてよかった。

名前ももう忘れたけど元セフレがドタキャンしてくれて本当によかった。そう思ったとき空のマグをコトリとトレイに置いた国見ちゃんは不意に言った。

及川さん、今日は断られちゃって残念でしたね。でも、まあ、



「今年は俺で我慢してくださいよ」



言いながら、本当は来年もそうなればいいのにって思っていた。

向かいに座った及川さんはきょとんとした顔をして、俺は国見ちゃんと会えたの嬉しかったよなんて言ってくれるけど本当は及川さんだって俺なんかより綺麗なお姉さんと一緒にイヴを過ごしたかっただろう。
だいたいそうなるって思ってあのときは用事があるなんて言ったんだからと、俺は手持ち無沙汰に紙ナプキンを丸めながら一週間前を振り返った。

クラスの集まりがあると言ったのは、けして嘘じゃなかった。実際さっきまで近くのカラオケでそれに参加してもいた。

でも本当のことを言うと俺は、先週及川さんに今日の予定を聞かれるまでそれに出ようなんてこれっぽっちも思っていなかったのだ。ぶっちゃけめんどくさいからてきとうに断って家でごろごろする気満々だった。

けど及川さんにああ言ったから一応は顔を出さなきゃいけなくなった。(だって及川さんに嘘はつけない)

クラス会に興味なんてなかったけれど、でも、なんとなく予定があることにした方があのときはいい気がしたのだ。

寂しいやつだと思われるのもなんだか恥ずかしかったし、それに何にもないって言ったら及川さんはやさしい先輩だからもしかして「じゃあ、」なんて気を遣わせることにもなるかもしれない。だから誘われていたのを思い出してとっさに口に出した。

好きな相手には、その人の好きな人と一緒に特別な日を過ごしてほしかった。

たとえそれが俺でなかったとしても、そう思うくらい及川さんが好きだ。

この人と一緒にいるとあんまり笑ったり怒ったりしなくても俺の言いたいことをわかってくれるから楽で、たぶんそう感じ始めたころには及川さんを好きになっていたと思う。

だからそろそろ重たい腰を上げて、冷たい空の下を帰らないといけないのは本当に億劫だ。

熱いのは平気だけれどわざわざゆっくり飲んでいた抹茶ラテもさっき終わって及川さんの紙コップもたぶんもう空で、時計はいつの間にか及川さんに連れ込まれてから二周もしていていやだなと思う。

たくさん喋るのはあまり好きじゃないはずなのに、この人といると際限なくまだまだ話していたいと思ってしまうからいやだ。(今年は運良く会えたから来年もなんて、つまらない期待もしてしまうからいやだ)

隣の席に置いたマフラーを手にとって帰りたくないなと思いながら入口の方を見やると、しかし及川さんは不意に俺の名前を呼んだ。

「国見ちゃん、……あのさ、レジのとこで売ってるクリスマスケーキ、よかったら食べてく?」
「え、でも、」

もう帰る頃合いだと思ってたのにいいのかな。口には出さずうかがうと及川さんはすこし考えるような顔をして、それからぽつりとつぶやいた。

「国見ちゃん、帰るのめんどくさそうに見えたから。だからもうちょっと付き合ってくれるかなって」
「!」

見透かされて恥ずかしいのと同時に、けれどひどく嬉しかった。この人はなんだってこんなに俺の言いたいことをわかってくれるんだろう。

ケーキは俺が奢るよと及川さんは言うのでありがとうございますと頭を下げて、及川さんのケーキは俺が払った。税込350円だけどプレゼントしたかった。及川さんはちょっと困ったような顔をして、けれどまあいいかと肩をすくめて受け取ってくれる。

「来年も国見ちゃんと一緒ならいいな」

ケーキのクリームをつつきながら及川さんはつぶやく。俺はさっき考えていたことまで読まれたんだろうかとすこし怖くなって、でも唇の端に生クリームをつけている及川さんを見たらどうでもよくなって、おかしいからそのことはしばらく内緒にしてやることにした。

勘のいい及川さんはきっと数分後、黙っていた俺に気づいてそうして子どもみたいにすねるだろう。そう思うと嬉しくて、楽しみで、本当にまた来年もおんなじようなくだらないことを繰り返せたらいいのにと、思った。









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この前すこしつぶやいてたの。もうすこしくっつくっぽい終わりのやつも書いたんだけど なんとなくこっちかな また来年続きが書けるといいですね
(2013.1212)