※注意※
及♀→花♀の百合です
やや松♂×花♀の描写も含みます
後味の悪い話です

苦手に感じられる方はどうぞご注意ください








年末大安売りバーゲン、入り口に並べられたホールケーキの甘い匂い、赤と緑とキラキラの星。

暮れの近づいたデパートはクリスマスを今か今かと待ちわびて、どこかフラフラと浮かれているから好きだ。バーバリーのマフラーをほどいてPコートのボタンをひとつ開け、俺は一階の化粧品売り場をローファーで跳ねるようにあるく。ニコニコとフロアを眺めていればうしろのマッキーは呆れたようにため息をつき、

「及川くん浮かれすぎでショ」

と俺を笑う。本当は自分だっておんなじくらい浮かれてるくせに、親友のマッキーはすぐこうやってお姉さんぶった顔をする。(自分の方が俺より半年も遅生まれのくせに、来月までは俺の方が年上なのに)でも俺はゆるしてあげるのだ。自分の興味あるものに目を引かれながらも、お姉さんがいつだって俺のそばについてきてくれるのは誰より知っている。

買い物は仲良しのマッキーとするのが一番楽だった。幼馴染の岩ちゃんも荷物持ちになってそれはそれでいいけれどアレは女の子の服装なんて一ミリもわからない男だし、かといって他の女の子と来るのもやりづらい。

女同士の買い物って試着があるせいで時間がかかるから相手を同じ店であんまり待たせるのも気まずいし、でも一緒に来てるんだからためしに着たようすは見てほしいしでけっこう間のとり方が難しいのだ。おまけにどちらかの足が長い買い物に疲れてしまうと一気につらくなるから、ちょうどいいところで休憩に甘いものなんかもつまみたい。

マッキーはそのあたりの俺の呼吸を一番よくわかってくれる。しばらくひとりで買い物してたいときは放っておいてくれ、しかし買い物の相談がしたくなったころにふらりと戻ってきてこっちの方がいいよと俺の背中を押してくれる。そうしてすこしでも疲れたなって思えばそろそろ休憩しようかって先回りして聞いてくれるのだ。服の趣味もいいから

「これ何合わせたらいいかなあ」

なんて聞いてもすぐにパッと答えてくれる。及川この前着てたあのカーディガンさ、って当たり前のことみたく俺のタンスの中身を覚えててくれるマッキーはやさしいと思う。

やさしいマッキーとお手てをつないでファンデーションの香りの中をゆく。化粧品売り場はクリスマスコフレ戦線でどのブランドもキラキラとにぎわっていた。

2013限定デザインポーチ、限定色のリップにアイライナー。早く終わった学校の帰りに値札なんて気にせずこれがイイとかあれがイイとか二人ではしゃぐのが好き。だってどうせ女子高生のお財布じゃ欲しいのなんて買えないもん。

ピカピカのウィンドウの向こうをああでもない、こうでもない、言いながらながめているとマッキーは不意にその足を止める。あれ、と思ってその視線の先を追って、それから思わず声を上げた。

「わっ、なにこれ超かわいい」
「ね。かわいいよね」

マッキーが熱心に見つめていたのはブランドもののファンデーションだ。今冬限定ケース付き。ハイヒールとおリボンの柄のケースがとってもお洒落。いかにもマッキーが好きそうだし、ガラじゃないけど俺だってちょっと欲しいなって思っちゃうくらい。

しばらく見つめていいなあ可愛いなあって思って次のお店に行こうとしても、マッキーは食い入るようにまだそのケースを見てた。マッキーがこんなふうにずうっと見入っているのもめずらしい。よっぽどそれが気に入ったらしい。俺が踵を返してその横に並ぶと、マッキーははっと顔を上げてごめんと首を振った。

「あっち、見に行く?」
「うん、いくけど、マッキーいいの?」
「え? ……ああ、でもこれ高いし、」

俺のお小遣いじゃ全然ムリだよ。マッキーはそう言って笑って俺の手をとった。及川くんあそこのブランド好きだよねって話を替える声聞きながら、なんとかあのケースをマッキーに買ってあげられないかなって俺は遠ざかるショーケースをぼんやりと眺めてた。税込9750円。4ケタの数字は冬のセールでコートとマフラーをいっぱい買ってしまった俺にはまるで別の世界の数字みたいに遠いものに見えた。


けれど別の世界はその日の晩、あっさりと俺のもとに訪れた。父親が年末のボーナスを持ってニコニコと帰ってきたのだ。いつもは帰ってきたってべつに歓迎なんてしないけどその日はビールを注いで俺もニコニコお酌をしてあげた。トオルは今年は推薦で大学決まったお祝いだなと笑ってお父さんは豪快に一万円をくれた。

これでぴったりあのケースが買えて、余ったお金でラッピングとカードもつけられる! そう思うと嬉しくていてもたってもいられなくなった。

次の日学校が終わるといつもは一緒に帰るマッキーを置いて、俺はいそいそと昨日のファンデーションを買いに行った。デパートへ向かうローファーは自然と早足になり、店員のお姉さんに浮かべる笑顔は自然とご機嫌になり、ご機嫌な右手はマッキー宛のカードにとびきりたくさんハートを描いた。

今週末の二十四日はちょうど二学期の終業式だ。その日の帰りにでもよく行く三階のカフェに寄って、そこでプレゼントを渡してびっくりさせよう。ブランドの紙袋を揺らしながら親友の驚く顔を想像するとひどく胸が躍った。普段はポーカーフェイスが上手いくせに、マッキーは本当に嬉しいととびきりとろけた顔を見せてくれるのだ。思い出しただけで身体がきゅんとしてしまう。

えへ、えへへ。うれしくって翌日の授業の最中もしまりなく笑っているとマッキーにどうかしたのと心配された。マッキーにとっても素敵なプレゼントがあるんだよ、何度も言いたくなったけれど一生懸命我慢して俺はその週の終わりをいい子で待った。学校ではマッキーの顏を見るたび得意な気分になって嬉しくて、家に帰ると机の上に置いた紙袋を見るたびにやけていた。長い一週間をそんなふうにしてやり過ごし、そうして待ちかねたその日はようやっとやってくる。

仙台の街には朝からハラハラと白雪が待っていた。ローカルテレビではホワイトクリスマスですねえなんてお天気お姉さんがニコニコしてて、俺もつられてニコニコになって、ふにゃけた顔のまま今日終わったらいつもんとこ行こうよって誘えばマッキーは細い鎖の腕時計を見下ろしいいよと言ってくれた。

どうかしたのって聞いたら夜はちょっと用事があるから、今日は夕方には帰らないといけないのだそうだ。ふうんってうなずきながら、家でご飯でも食べるのかなって思った。まあ二十四日だし、マッキーも色々あるんだろう。

それよりも俺の頭は鞄の中にひそませた紙袋のことでいっぱいだった。プレゼントをとうとう渡せる、マッキーのよろこぶ顔が見られるんだってうれしかった。うれしくってマッキーに呆れられるくらいたくさん喋って駅前に歩いた。学校から駅まで二十分、ずーっと話しつづけてもまだ足りないんだから自分でもすごいと思う。

二十四日の十五時吹き抜けの広いカフェテリアは混んでいて、マッキーと椅子に座って冷たい手をこすりながら席が空くのを待って、オイカワ様、のコールに目と目を合わせて立ち上がる。マッキーと一緒だとこんなささいな一瞬も俺はうれしい。女同士で結婚できるわけもないんだけれど、オイカワと呼ばれて二人で立つのはなんだかおんなじ苗字みたいなそんな気がするから幸せだ。

窓際の見晴らしいいテーブル席に通されてエナメルの鞄を窓辺に下ろす。穏やかな雪の降る仙台の街はきれいで、いつもの店だけれどやっぱりこの店を選んでよかったと思った。すごいねえ、キレイだねえ、はしゃぎながら腰を下ろして店員のお姉さんにケーキとコーヒーを頼む。クリスマスシーズン限定のベリータルトがとっても楽しみだ。ルンと鼻歌でもうたいたい気分でメニューを置いて座りなおすと、マッキーはふと思い出したように自分の鞄をとった。

「そうだ、及川くん、借りてたCD持ってきたから」
「あ、この前のやつね」
「うん、すっごいよかったー」

ポップなオレンジに塗られたマッキーの爪はそう言って鞄のファスナーを開ける。終業式のわずかな教科書とペンケース、携帯やポーチが入ったマッキーの鞄。何気なく取り出すさまを見ているとその手の中のCDよりもむしろマッキーのポーチに目がいって、俺はピタリと凍りついた。

「――ねえ、マッキー、マッキーそれ、」
「え? ……あ。ああ、これね」

鞄の中を見下ろすマッキーの顏は不意にほころんだ。その表情に背筋をぞくりと走るものがある。いやだ、やめて、ききたくない。自分でたずねたくせにそんな勝手なことを思って、でもそれも一瞬だった。マッキーはとろんととろけた顏で笑って、そして言ったのだ。

「俺が欲しいって言ったら、昨日、松川が買ってくれてさ」
「及川にはそのうち言おうと思ってたんだけど、ちょっと前から、付き合ってるんだ」
「黙っててごめん、でも、誰かに言うのはこれが初めてだから」
「……周りには、まだちょっとナイショにしといてよね」

はにかむマッキーの細い指はポーチから取り出したケースをもじもじと撫でた。キラキラ輝く手の中のケースは、俺が鞄に忍ばせたのと同じそれ、浮かべる笑顔は俺と一緒にいるときとはちがう、年相応の、愛された少女の笑顔だ。

そうなんだ、よかったね。声を絞り出す自分の唇が引き攣るのがわかって俺はごめんと立ち上がった。ちょっとトイレと言い残し、鞄を持って不自然に見えないようゆっくりと歩き出す。一歩踏み出すたびローファーはふらついて、まるで胃の中に無遠慮に手を突っ込まれたような気持ちわるさだった。

甘ったるいケーキの匂いに口元を押さえながら店を出て、目の奥が熱くなるのをなんとか踏ん張りトイレの標識を探して倒れこむように女子トイレに入る。鞄の中の紙袋を引っつかみ乱暴にゴミ箱に押し込むと、洗面台の前で化粧を直していた女はびくりと驚いてそそくさとトイレを出て行った。ファンデーションの粉の匂いってどうしてこうすぐわかるんだろう、女子トイレには女の使った化粧品の香りがわずかに残っていて、俺はトイレのタイルの上にしゃがみこんでぐずぐず泣いた。

マッキーが俺じゃない相手のこと好きなのなんてとっくに知ってた。マッキーはそういう秘密はいつだって俺に一番に話してくれるんだから。でも今日の「一番」だけは聞きたくなかった。マスカラとアイシャドウとファンデーションの混じった汚い涙はぼろぼろと落ちて制服のセーターを汚す。きれいになるためのお化粧なのに、泣いて落ちるとすごく汚い。ドラマの女優の涙なんてみんな嘘っぱちだ。

うああ、うああ。声を上げて泣きながらやっぱり紙袋は捨てきれなくて、――この三年の気持ちは捨てきれなくて、ゴミ箱から拾い出したケースを抱きしめて俺はトイレの個室で泣いた。やさしいマッキーはあと十分もすれば、俺を心配してきっと探しにくるだろう。いつもは余計なくらいに回る口なのに、そのときいったいなんて嘘を吐けばいいのか、今の俺にはわからなかった。







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こっちおいで、トラウマあげるよ(最近の標語)
あーあ。こういう話がやっぱり1番楽しいなー
(2013.1110)