脱ぎ散らかした靴下、洗ってないお皿、そうしてベッドの上には濡れたバスタオル。

2DKを見回して、俺は部屋に帰るなりがくりと肩を落とした。
先に帰宅していた同居人は寝室の、ベッドの足にもたれてピコピコとポケモンマスターを目指している。この前3DSの新作が出たので最近はもっぱらそれに夢中なのだ。(手持ちのポケモンにとりあえず俺の名前をつけて「オイカワがしんだ!」とか物騒なこと言うのはホントやめてほしい)

「……ただいま、岩ちゃん」
呼ぶ声は自然とため息まじりになった。

「おう」
顔も上げず、てきとうに返した岩ちゃんを横目にフローリングの靴下を拾って洗濯機に放る。まるであしあとみたいに片足ずつ落ちてるくるぶしソックス。大学で同居を始めて何回叱っても毎日落ちてる。

この前仙台に帰った時おばさんに聞いたら、諦めたような顔で首を横に振られた。同時にうちのがごめんなさいねえ、とも言われた。まるでいい嫁ぎ先が見つかってよかったとでも言い出しそうな顏だった。

(……まあ、じっさい岩ちゃんが女の子側だからあながち間違ってもいないんだけど)

そう思いながら湿ったバスタオルを持ち上げる。使ってからすこし時間が経っているのか全体にずしりと重く、タオルが置かれていたあたりのシーツはぐっしょりと濡れてしまっていた。替えのシーツは昨日岩ちゃんとえっちしたからまだ洗ってない。さいあくだ。さいあくってやつだ。

眉をひそめて岩ちゃんをにらむ。タンクトップ一枚、むしとり少年みたいなポケモントレーナーは俺の知らないポケモンと白熱した戦いをくりひろげてる。さすがにちょっとムッとする。だってベッドもシーツもひとつしかないから、今晩この濡れたシーツの上にせっせとタオルを敷いて寝るのは俺の方なのだ。岩ちゃんはべつにいいよって言って濡れた方で寝ようとするけど、岩ちゃんはちょっと冷やすとかんたんにお腹を壊すからだめだ。やっぱりさいあくだ。

「岩ちゃん、ねえ、これ、やめてって言ったじゃん」
「……ん。わり、今ジムリーダー戦だからちょっとほっといて」

終わったらなんでも聞いてやるから。あしらう言葉はいかにも上から目線だ。いつもなら気にしないけど今日はひどく逆撫でられた。バスタオルは床に放り、ほっといてと言われたのは無視してその肩に手を伸ばす。首筋に弱く噛みつくと岩ちゃんは小さく目を細めたが何も言わなかった。俺よりポケモンのが大事なんだろう。むかむかする。この前まではモンスターハンターを目指してたくせに。浮気性の岩ちゃんめ。

タンクトップのあいだに差し込んでその胸をいじる。さわると岩ちゃんがくにゃくにゃになっちゃうところから順番にいじる。岩ちゃんはさすがにちょっと嫌がって俺を肩でどかそうとした。よけいににじりよってその耳を噛む。

「っ、おいかわ、やめろ」
「岩ちゃんが聞いてくれないのが悪いんじゃん」
「話なら、後で聞くって、ぅ……」

抗議してるくせに岩ちゃんの意識はやっぱり半分ポケモンに向かっていた。両手はDSを離さず持ってボタンを押している。最高にいらいらする。どうにかしてポケモンをやめさせたくて、苛立ちのせいでちょっと勃って岩ちゃんの太腿にぐいと押し付け、そうしてトランクスに手をかけると、しかし岩ちゃんは「あ」と不意に声を上げた。

「? 岩ちゃん、」
「……んだ」
「え、」
「……オイカワが」
「俺が?」
「しんだ」
「……エ」

気づいたときには後ろのベッドにぼすんと放られ、マウントをとられていた。お腹の上には修羅の顔をした岩ちゃんが乗っている。リーダー戦あと一匹だったのにと修羅はつぶやいた。DSは床に放られて間の抜けたBGMをループさせている。すべてを理解した俺の頬を冷汗が伝った。(たぶん、ボス戦もうちょっとで勝てそうだったのに最後の一匹の「オイカワ」が倒れてダメになったんだろう)

おまえのせいでオイカワがしんじまったじゃねーか。そう言いながら岩ちゃんは俺のシャツに手を伸ばした。怒りに震える指先がお腹に触れて、俺はヒッと喉を鳴らす。そういえばオイカワってつけたポケモンは岩ちゃんいつもすごく可愛がるのだ。つまりオイカワがひんしになったせいもあって修羅様の怒りは二倍ドンなのだ。さっきまで自分が怒っていた側のくせにそれすらも忘れるほどその形相はおそろしかった。

覚悟しろよと修羅は言ってタンクトップに手をかけ、そして俺のジーンズの前を見下ろす。こんなときなのに岩ちゃんに見下ろされて勃っている、情けない性だった。


それから岩ちゃんは本当にひどかった。
タンクトップをガッと脱ぎ、俺の両手を乱暴にそれで縛ると腹の上に乗った男は見せつけるように自分の身体をさわりはじめたのだ。胸をいじって指はくちに突っこみ、つっぱったトランクスは俺の腹筋に擦りつけて自分ばかりが気持ちいいように腰を揺らす。焦れた俺がすこしでも身じろげば叱るようにお尻で俺のお腹を潰して、そうしてまたハアハアとひとりで盛る。

高2で初めて抱いたときなんか俺の下で金魚みたいに口をパクパクさせて喘いでいたくせに、21の岩ちゃんは俺の上で善くてたまらない顔して身をよじらせてる。あの頃より胴回りのがっしりした体躯は17ともちがう色香だった。

まったく俺のいじめ方をよくわかっているのだ。俺が岩ちゃんをいじめるときはその身体を可愛がって岩ちゃんがへろへろになるまでよくしてあげるけれど、岩ちゃんは責めるのも上手くないし口でするのもヘタクソだ。だからこうやって目の前で見せつけられて、なんにもできないのが俺には一番しんどい。むかつくくらいよくわかってる。わかってるからベルトさえも外してもらえない。指一本さえ触ってないのにもうガチガチに勃ってて泣きそうになる。うぐ、と奥歯を噛み締めるとそんな抵抗さえ笑うように岩ちゃんは気まぐれなキスをした。

もうむり、もうだめいれさせて、おねがい、おねがい。いったい何回その言葉を口にしただろう。岩ちゃんはそのあいだに1回俺のお腹に出して満足そうに笑って、それからまた自分を責め立てた。膝立ちになって後ろに手を伸ばされたときなんて抜き差しされるたびに気がおかしくなりそうだった。いつもなら絶対そんなことしないくせに、今日の岩ちゃんは俺にすごく怒ってるから恥ずかしさよりも俺に嫌がらせしたいって気持ちの方が強いみたいだった。

かんべんしてください、俺が悪かったです、もう邪魔しません、ごめんなさい、ごめんなさい。涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになるまで懇願して、そうして岩ちゃんはようやく俺を許してくれた。

「ほんとにもうしないのか」
「しない、しないから」
「約束だぞ」
「うん、約束する、する」
「……しょうがねえやつだな」

重たく上げられた腰にぬるり、先端をのみこまれて俺は思わず吐息まじりに笑みをもらす。さんざ焦らされたあとの気持ちよさももちろんあったし、それ以上にああやっぱりと嬉しかった。

岩ちゃんはきちんと洗っているときでないと汚いからと言って、絶対に俺に入れさせてくれない。つまりこんなにあっさり脚を開くっていうのはお風呂に入ったときひとりでそこを処理したってことだ。靴下を洗濯機に入れるのさえ面倒くさい、俺がいないと晩ごはんだっててきとうに済ます無精な男が俺に抱かれるために自分の尻を慣らしている。タイルの上に膝をついて太い指を後ろにのばし、ときおり獣みたいに声をもらして反響させながら準備をしている。岩ちゃんのそんな姿を想像するだけでたまらなくなる。

「おいデカくすんなアホ」

ゆっくりと腰を下ろす岩ちゃんは息を詰めて太股を震わせた。俺の興奮が伝わった皮膚は薄く火照ってひどくそそられる。腰をつかんで引き下ろしてしまいたいのに、両手を結ばれているせいでそれができないのはひどく残念だった。

全部をくわえこんだ岩ちゃんは大きく息を吐いて、それからやっぱり自分の気持ちいいように腰を揺らしはじめた。俺の都合なんて考えずに、好きなとこばかりをぐりぐりする。

それでもたまらなく善かった。二、三度擦られただけで俺はいってしまって、それに気づいた岩ちゃんはすこし面倒くさそうな顔をする。せっかくゴムをつけたのに、入れたばかりでまた替えるのが手間なのだろう。つかのま考えて、それから破くなよと言い捨て岩ちゃんはまた腰を振った。破くなよって言われたって俺はただやられてるだけなのに、どう気をつけろっていうんだろう。理不尽なことばかりいう岩ちゃんはひどくて、勝手で、とてもいとおしかった。

岩ちゃんはまるで道具をつかうみたいに俺の身体をつかって何度も腰を上下させて、そうしてまた俺のお腹の上に吐き出した。おへその上には二回分の精液が沼みたいにひろがってなんだかまるで俺が犯されてるみたいな気分だ。無体をはたらいた岩ちゃんはぜえはあと荒い息をくりかえしていまだに俺のをくわえている。

岩ちゃんまだゆるく勃ってるし、そろそろいいかな、そう思ってお腹に力を入れ、起き上がろうとすればしかしダメだと胸を押されてシーツの上に倒れこんだ。騎乗位は疲れるから一回終えると岩ちゃんはたいてい他の体位にしたがるのにめずらしい。

こんなふうに2ラウンド目が始まるのは俺がもらいものの媚薬黙って使ったとき以来だなあなんて考えながら下から突く。岩ちゃんはもうとがめなかった。かわりに切れ切れの声で俺の名前を呼ぶ。呼ばれるだけでまた興奮する。都合三回ほどゴムに吐き出してようやく行為を終えると、疲れ果てた岩ちゃんはぐったり俺の胸に沈んでそれからふと笑った。

「ほら、及川シーツ、濡れてんぞ」

今日のは俺のせいじゃねえよなあ。岩ちゃんはそう言って得意げににやっとする。俺の背中のしたではたしかにしわくちゃのシーツが汗に濡れている。俺はぽかんと口を開けた。

(なに、それ、岩ちゃんじゃあそれ言うためだけに今日は上で頑張ったわけ)

なんだかひどく拍子抜けしてしばらくくつくつと笑い、それから愛おしさが胸をついて、そうだねとゆっくりうなずいた。とんだへりくつだ。逆切れされて、結局またいいようにごまかされてる。そんなことわかりきっているのにそれでもかまわなかった。バスタオルはあとで俺が洗濯して、シンクに置かれたままの食器はきっと俺が洗い、そうしてぐちゃぐちゃになったベッドの後始末をするのだろう。どうだってよかった。







(2013.1020)