※及川♀、生理注意※
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32センチ、羽つき。
……ああ、あったこれだと花柄のパッケージを手に取ってレジに持ってゆき、店員のお姉さんにはそのうしろのイブA錠を一箱注文する。

白衣を羽織ったお姉さんは買い物カゴの中身を見て一瞬男の俺にけげんな顔をしたがそれでも客商売、にこりと笑って24錠入りがお徳ですよとに教えてくれた。

「じゃあ、それで」
「かしこまりました、二点で872円になります」
チャリン、チャリン。釣り銭はハーフパンツのポケットにしまい、お姉さんに軽く会釈をしてひとり店をあとにする。

灰色のビニル袋をさげて深夜の家路をもどりながら、途中の国道で信号待ちにメールを打った。
『もう帰るから、おとなしく待ってろよ』

そうして返ってきた幼なじみのメールは『はい』の一言、らしくない元気なさに俺は思わず噴き出した。(だっていつもならわかったのあとに絵文字をつけて、さらにそれをなにかしらのデコメにしてタイトルまできっちり変えて返してくるような女だ)たった二文字のRe;はいっそ逆にときめいた。

帰ったら腰でもさすってやろう、そう思って切り替わった信号をサンダルでペタペタと渡る。幼なじみ、及川はきっと今ごろ、月に一度やってくる悪魔にうんうん悩まされているところだろう。あしどりは自然と、すこし早足になった。


生理という事象を俺が生まれて初めて知ったのは小学五年、夏休みのある日のことだ。保健体育で男と女の仕組みを教わるのはその次の年、六年生のことだったから、俺にとっての生理はその日あまりに突然、予期せぬかたちでおとずれた。

いつものように家に遊びに来ていた及川が、トイレからもどってきたかと思うと不意に、はらはらはらはら泣き出したのだ。

「なんだよ、トオル(当時はまだこう呼んでいた)おなかでも痛いのか」

たずねればしかし及川はふるふると首を横に振って、それからだれにも言わないでね、とことわりそのとき履いていたキュロットを両手でずり下げた。ぎょっとして思わず目をそらそうとして、しかし幼なじみの「みて」という声にはどこか逆らえない迫力があった。首をそっと回して言われたとおりにすればそのかぼそい二本の足のあいだからはポタポタと血が垂れ落ちていて、あのときはあまりの恐ろしさに下半身がきゅうっと縮こまったのを、今でもよく覚えている。

太腿を伝い落ちる血液をぼうぜんとながめながら、岩ちゃんおれ、ヘンな病気になっちゃったのかな、と及川は言った。幼くなんの知識もなかった俺には、当然その質問への答えはわからない。ただ俺よりも勉強のできる及川がそんなふうに考えたのだから、きっとそうなんだろうと単純にそう思った。そうしてそう思うとたまらなく悲しくなって及川の身体をぎゅうと抱き締めた。分別のつく年齢になってから及川を抱いたのはそれが初めてで、女になりかけていた及川の身体は俺の無骨な身体とくらべるとひどくやわらかく、儚いものに感じられてますます悲しかった。及川がこのまま病気で死んでしまうんじゃないかと思うと、あとからあとから、涙はまるで止まらなかった。

かみさま、かみさまどうか、
夏休みの宿題もちゃんとやるから、おやつだって好き嫌いせず食べるから、だからどうか、トオルを連れていかないでください。

そう思っておんおんと、まるで赤ん坊のよう俺は、いや俺たちは抱き合い縋り合って泣いた。
そうして泣き疲れてお互いの手と手をにぎり、縁側にふたり座り込むころようやく母親が帰ってきたのだ。

「これは病気じゃなくて、女の子ならだれにでもあるふつうのことなのよ」

状況を理解した母親がそう言ってくれたときは本当にほっとした。トオルは死なないんだ、よかった、よかったと思いながら、女に変わっていく幼なじみがナプキンの付け方を教わるのを、俺はかたわらでながめていた。


けれどはたして、そんな衝撃的な始まりかたをしたせいだろうか。

及川は生理になると、それから決まって俺を頼るようになったのだ。最初のうちこそ「心細いから手を握ってて」というかわいらしいお願いだったそれも中学に上がるころには「おんなじ布団で寝て」にかわり、それからあるとき生理でもないのに及川が同じおねだりをして俺が騙されたせいで俺たちは不健全性関係になり、そうして高三の今では「岩ちゃんだるい、ナプキン買ってきて」である。おかんか。というツッコミを毎回俺は入れるが腰を押さえてまるくなる幼なじみがそれを耳に入れる気配はまったくない。

駅前にあるマツキヨの客の少ない時間を狙って32センチの羽つきとイブA錠を買うのも、会計の合間にすかさずポイントカードを差し出すのにも悲しいほどに慣れ切ってしまった。正直男としてどうかと思われる行為なのはわかりきっているが、けれどそれでも及川が鈍痛に苦しんでいるのを見るとやめられない。それを知っているからますます及川がつけあがる。(負のスパイラルっていうのはきっとこういうやつだ、)

学校の授業で習った単語を思い返しためいきをつきながら夜更けの及川の部屋に上がった。一人娘の和室は母屋と廊下で分かれた離れだから、家族に断る必要もない。(というかじっさいのところ、幼い頃から出入りしている俺はもうほとんど及川の家の人間みたいなものである)

和室の襖を開けると、及川は部屋の中央のせんべい布団にくるまりまるでミノムシみたいにまるくなっていた。えぐ、えぐ、とかすかに漏れ聞こえるそれはきっと及川の情緒不安定だろう。生理が始まるとおなかいたいと言ってすぐに泣くやつだ。

「おい、及川」
布団をべりと剥がすと、月明かりの室内でもその顔のぐずぐずがよく見える。

「うう、……遅いよ、岩ちゃん」
いつもと変わらぬ勝手な文句なのに、声にはろくろく力がなかった。ほら、と袋から薬と、途中で買ったミネラルウォーターを及川に差し出してやる。及川はしばらくぐだぐだしていたが、やがてのろのろと身を起こした。俺の手から錠剤を受け取り赤い舌に二つぶのせて、細い喉はごくりとそれを嚥下する。飲み込んだのをたしかめて、俺は及川の洋服箪笥から生理用のショーツを取り出した。一番ゴムの伸びるベージュ色のそれを選んで及川を振り返る。

「及川、自分で着替えられるか」
「ん……だいじょうぶ」

貸して、という白い手のひらにショーツとナプキンをやってくるりと背を向けた。ややあって背後ではカサコソと、及川が下着を履き替える音がする。鼻をつく生臭さに目をつむりながら、この前買ったのがひとつだけ残っていてよかったなとぼんやり思った。


「あーあ、生理ってほんとめんどくさい」
着替えを終えて横になると、及川は天井を見上げてぽつりと言った。

「女なんだし、しかたねーだろ」
その手を握ってやりながら俺が返せば、及川はぷくうと、まるで子どもみたいにほっぺたを膨らませてみせる。

「フンだ、そりゃ岩ちゃんにはないもんね、わかりませんよ、俺の気持ちは!」
どうせ今だって、俺のことやりたいとか思って見てんでしょ。Tシャツにホットパンツ一枚、白い足を惜しげもなく晒した十七歳の及川に返せる言葉はなにもなかった。ぐ、と言葉に詰まればあーあ、及川はもう一度長いため息をつく。

「生理なんかキライ。おなかいたいし腰つらいし、岩ちゃんとはやれないし。ほんと、なくなればいーのに」
「バカ、おまえね、……おまえだって将来子ども産むんだから、もしなくなったら俺だって困るだろうが」

ひたいに滲む汗をウェットティッシュで拭いてやりながらそう言えば、及川はぱちくり瞬きをして、それからぽかんと口を開いた。

「ねえ、岩ちゃんそれって俺の子どもを産んでくれって言ってるの」
「え」

とうとつの質問に及川の手を握ったまましばらく考えこみ、それからぶわっと冷や汗が出た。
――そうだ、たしかに今、「俺が困る」とそう言った。何の疑いもそこにはなかった。及川は俺の子どもを生むんだとまるで信じて疑わない口ぶりじゃないか、恥ずかしい、しにたい、いっそころしてくれ。指の先まで羞恥の熱に染めてそう思うのに、及川はその指をそれは嬉しそうにきゃらきゃらともてあそび、そうしてそれに飽きるとふいに、

「赤ちゃんできたら、生理こなくなるね」
さも素晴らしい思いつきをしたかのように、にこりと笑ってそう言った。






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友だちが及川の生理用品買いに行く岩ちゃん書きなよって言ったから書いてみたやつだった
ありがとうもえをありがとう

(2013.0811)