※及川♀、花巻♀、若干性描写あり※
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「及川あさって、どっか行くか」
「ほへ?」

ぼたり。返事をするかわりにくわえていたメロンバーは見事に手もとのジャンプに落ちた。となりでゲームをしていた岩泉はああっと声を上げてティッシュを探し回るけれど、当の及川はいまだにぽかんと固まっている。

「……ねえ、それってデートってこと?」

水に濡れてかわいそうに、弱ってしまった殺せんせーの顔を拭く岩泉にぼんやりたずねれば岩泉は「あーそうだよちくしょう」と乱暴に言って、それからぐしゃぐしゃになった雑誌にハアとため息をついた。

「今週号、まだ読んでなかったのに」
ぼやく幼馴染に及川は身を起こし、その頬にんっとキスをしてあげる。許してよとささやけばちらりと目をやった岩泉は眉間に皺を寄せて、及川の肩から外れかかったキャミソールのひもを内によせた。

岩泉の部屋には二人きり、岩泉の両親だって昼間は空けているのにまったくバカみたいに律儀な男だと思う。(だいたい岩ちゃんは学校に行くときだって、制服のスカートを折っていると絶対に自転車のうしろに乗せてくれない)

それでも今日は許してあげると及川は岩泉の二の腕に抱きついた。だって岩泉の方からデートに誘ってくれたのはこれが、生まれて初めてのことなのだ。

幼稚園の頃ケッコンシキごっこをしようと言ったら面倒くさそうな顔をしたくせに、そのくせひどく真面目な顔で「ちかいます」と言ってくれた岩泉のことを好きになって、小学校は毎日すきだよと言い続けて、中学に上がるときようやく岩泉が折れてくれてそれからキスもデートもセックスもして、けれど言い出すのはいつだって及川からだった。

だからどうせ中学最後の夏休みもこのままなにも変わらず終わっていくんだろう、そう思っていたら誘ってくれた。及川はとっても嬉しい。嬉しいからテレビゲームにもどってしまった岩泉のハーフパンツを下ろしてくわえていたら怒られた。(しっかり勃たせているくせに)

「ねえ岩ちゃん、デートってどこに行きたいの」
ぺろりと先端を舐めながらたずねれば岩泉は舌打ちをしてコントローラを床に放り、及川の首をまるで猫みたいにつかまえて押し倒した。

「おまえ新しくできたカフェに行きたいってこのまえ言ってただろ、」
太ももに押し付けられ服の上から胸を揉まれながら、耳たぶにぶつけられた言葉が嬉しかった。今日ねえ安全日なんだよ。そんなもの数えていないしたぶん嘘だけれどそう言えば岩泉は一瞬ぎらりとした目をして、及川のしろい首筋に噛みついた。

次の日は同じ女バレの花巻に付き合ってもらって、及川は駅ビルに服を見に行った。
部活は三年の一学期に引退していたし、高校も二人とも推薦で決まっているようなものだったから花巻はあっさりいいよと言ってくれた。

デパート入口の浴衣セールに後ろ髪引かれながらエスカレータを上がり、夏休みだらけていたら一キロ太ったとか、逆に夏バテで落ちちゃったとか、そんな話をしながらレディースファッションの階に上がってゆく。

及川の上の段に立つ花巻は、今日はシンプルなノースリーブワンピース一枚にリボンの可愛いヒールを履いていた。短いワンピースのあいだから伸びる素足は及川よりひと回りもほっそりしていて、すこし羨ましい。いかにも日本人らしくすんなり痩せた花巻とちがって、及川は太ももも二の腕もお尻も、どう頑張ってもちょっとずつむちっとしてしまう。

岩泉はこれくらいがちょうどいいと言ってくれるけれど本当は花巻みたいな Bカップが好きなのだ。じっと見つめていると花巻は首をかしげて、目線でなんだとたずねてくる。なんでもないよと首を振って、及川はエスカレータをぴょんと降りた。

買い物はそれからさんざ迷ってエスカレータを何度も行き来して、結局その日は白いシフォンのワンピースとピンクローズのミュールを買った。ヒールのある靴は足が痛くなるから普段は履かないけれど明日は特別なお出かけだし、同じ身長の花巻があっさりと履いているのでその顔を見上げていたら欲しくなったのだ。

買い物のバッグをぎゅっと抱いて帰り道及川がにこにこしていると花巻はふと目を細めてその髪を撫でた。なあにと見上げれば
「明日上手くいくといいね」
と女友だちはいうので及川はうんと元気にうなずいた。きっとそうなるだろうって、そのときはまだ、思っていたのだ。


待望の翌日は、その夏でも一番の猛暑だった。
多分、まず最初にそれがいけなかっただろうと及川は思う。下手くそなりに、早起きしていっしょうけんめいお化粧したのに、家を出るなり汗をかいてしまったせいできっとすぐ全部落ちてしまったのだ。だから岩泉はおめかしした及川を見てもなんにも言ってはくれなかった。

昨日買ったワンピースもミュールも、お気に入りのショルダーもお母さんはあらかわいいって褒めてくれたのに、ぜんぶ、化粧が落ちたせいだ。駅前のショーケースで自分の顔を見たときは悲しみを通り越して卒倒すらしそうになった。

おまけにその日自転車は帰省した岩泉姉が乗って出てしまったから、駅前までは十五分、慣れないヒールで歩かなければならなかった。足のうらは駅にいく途中からもうすでに小指がへんなところにぶつかって、じわりと痛み始めている。我慢して歩いていたら 「腹でも痛いのか?」
と、岩泉にまでめずらしく心配されてしまう始末だった。なんでもないからと慌てて首をふり、カフェねえあっちの商店街の裏にできたのと笑顔をつくるけれど、一歩あるくたび痛みは大きくなるばかりだった。

つぎの間違いはカフェに着き入り口でしばらく待って、ようやく席に通されたその後のことである。喉はもうカラカラに渇いていたし、風が吹いても生ぬるいばかりの暑さにすっかりばてていたから及川は冷たい紅茶と、期間限定スイカのジェラートを注文した。

そうして化粧を直しにトイレに立った。慣れない化粧直しは手強く落ちてしまったマスカラをどうにかするのは一苦労で、だから、岩泉の待つ席にもどるまでずいぶん時間がかかってしまった。頼んだアイスはすっかり溶けてしまっている。

新しくできたお洒落なカフェで、高校生や大学生のカップルがひどく自然に笑う中でなんだか自分ばかり不器用な気がしてぎゅっと銀のスプーンを握り締め、どろどろに溶けたジェラートをくちに運んでいたら本当に不器用な指先は新しいワンピースにぽたりと一滴こぼしてしまった。真っ白なおろしたてのワンピースだ。気を利かせた店員さんが持ってきてくれたおしぼりで何度も拭いたけれどピンク色の染みは結局とれなかった。

岩泉はため息をついて自分のお皿と及川のお皿を取り換える。夏みかんのゼリーは一口二口食べたばかりで、ほとんどが手つかずだった。
「いいよ、岩ちゃんわるいよ」
と言ったのに岩泉はスイカが好きだからといって、赤い氷だったものをすくってさっさと飲んでしまう。のろのろとスプーンをのばした夏みかんはすっきりとしておいしくて、及川はすこしだけ泣きたくなった。


会計を済ませてお化粧をもう一度直して、それから店を出て気持ちを切り替えようと一歩踏み出した、それがその日、最後のとどめの失敗だった。

入口の小さな石段を下りようとしてぐっきり、及川は慣れないヒールをつきそこねて、思いきり転んでしまったのだ。アスファルトにはしたたか膝を打ち手はすりむいて、ワンピースはすぐそばの生垣にひっかけてビリリと恐ろしい音を立てた。

慌てた岩泉に抱き起されるころにはもう我慢できずに泣いていた。大丈夫ですかとわざわざドアを開けて出てきてくれた、お店のお姉さんの声が申し訳なかった。

すみませんと岩泉がかわりに返事をして、それから
「おい大丈夫か」
と顔をのぞきこんでくる。(いまきっとぐしゃぐしゃだから、いやなのに)痛いかどうかもわからず、ただ泣き顔を見られたくなくて及川はうんうんとうなずいた。二の腕をつかんだ岩泉の手からはほっとしたようにすこし力が抜けて、平気ですからとお姉さんに返す声がきこえる。

お姉さんがお店のドアを開けるベルの音がして、それからするりと素足に触れる感触があった。ぴくりと顔を上げれば岩泉は及川のミュールを器用に脱がしてしまっている。

「あの、岩ちゃんなに、」
「足、さっきよろけてたろ」
「あ……で、でも、だいじょ……ッ!」

ぐ、と足首をつかまれ及川はたまらず顎をのけぞらせた。痛い。さっきへんな着き方をしたせいで捻ってしまったらしい。

恥ずかしいし、ワンピースはすっかりダメになるし、足痛いし、そういえば外は暑いし、もう、ホントにさいあくだ。唇を震わせていれば岩泉はもう片方のミュールもすっと引き抜いて立ち上がった。それから目の前にしゃがみ、ほら、と背中を差し出してくる。

及川はのろのろと目元をぬぐい、ひどく情けない気持ちで岩泉の背におぶさった。及川を支えながら危なげなく立ち上がる岩泉の背中はいつのまにか広くがっしりとしていて、なんだかすこしだけ悲しかった。いつものデートなら黙ってのしのし及川のあとをついてくるばかりなのに今日の岩泉は頼もしくてやさしくて、まるで及川の知らないうちに、あっというまにたくましく成長してしまったようだった。

男の子っていうのはこれだからいやなのだ。ついこの間までばかみたいに子どもっぽいばかりだったのに、気がつくと自分が追い抜かされてその背にすがっている。中学に上がってにょきにょきと岩泉の背が伸びたときもそう思った。慣れないヒールを履きたかったのはきっと、そんな岩泉にすこしでも似合う女でありたいと、そんなふうに思う気持ちもどこかにあっただろう。

及川は唇を噛み締めて岩泉の恐竜みたいな首をぎゅうと抱いた。岩泉の背中は暑さと及川の体温に汗をかいていて、いかにも男っぽい匂いにくらりとする。岩泉がもぞと及川の身体を抱え直したので恥ずかしさのためにうなじに押しつけていた顔をふと上げると、ゆるく持ち上がった岩泉の半ズボンが見下ろせてああ自分ばかりじゃないんだと嬉しくなった。

「……岩ちゃん、むらむらしてる」
「! しょうがねえだろ、あ、当たってんだから、」
「ふふ」
(おっぱいでされるの、岩ちゃん好きだもんね)怒られるから口には出さず、そう思っていれば岩泉はふいに、ぼそりとつぶやいた。
「だいたいおまえ、今日、妙にかわいいし」
「え、」
「……なんかわかんねーけど、化粧とか服とか、今日、いつもとちがっただろ」
「!」

手ェ出さないようにするの大変だったと、ぼやく岩泉の背中で及川はうれしさをこらえるのが大変だった。こんな不器用な及川を、背伸びのひとつすらじょうずにはできない及川をかわいいと言ってくれるこの男がたまらなく好きだ。ぎゅうぎゅうとCカップを押し当てれば岩泉は慌てたように振り返ってバカやろうアオカンすんぞと怖い顔をした。してくれてもいいのにと、笑いながら及川は思った。

家に帰ると岩泉は自分のベッドに及川をそっとおろし、下の階の救急箱から湿布を持ってきてくれた。つまずいた左足はすこし腫れているものの、落ち着いてみればそれほどひどいねんざではなさそうなのでほっとした。

及川の足首に湿布を貼りながら、次はちゃんとした靴買いに行くからなと岩泉は言った。及川はえ? と思わず聞き返してしまう。

「それ、なに、岩ちゃんこの次も誘ってくれてるの?」

たずねれば岩泉はほんのすこし気まずげな顔をして、今日みたいに転ばれたらまた俺がおぶって帰るはめになるからだとぶっきらぼうに言った。

岩泉のそのやさしさを、及川は飽かず好きになる。もう何度目、何十、何百、何千回目、わからないけれど好きになる。岩泉の手がテーピングを巻き終えたら、そしたら抱きついてキスをしよう、無骨なやさしい手をながめながら、及川はそう思った。



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ひそかに花巻→及川も含んでいて、花巻は慣れないミュールを履いて二人のデートが上手くいかなかったらいいのにって、すこしだけ思っている。またべつのはなしです
小学校高学年から高校生くらいにかけてのいっとき、どこかで急速に訪れる男の子の成長ってすごくもえるなあと思います


(2013.0811)