起き上がると、先に服を着ていた菅原は振り返って大丈夫ですかと俺に聞いた。反射的に腰に触れると下腹はずしりと重いが、まあ明日まで残ることもないだろう。と、わかってしまう自分がすこし悲しいけれど、

「べつに大したことねえよ、」

答えれば菅原はよかったと笑って布団に膝をつき、そっと俺にキスをした。俺なんざ乱暴に扱っていいのだといつも言ってるのに、キスも、セックスも、いつまで経ってもやさしくあろうとする男だった。

散らばっていた服を羽織ってトランクスに足を通す。普段はヤニ臭い俺の四畳半には二人分の男の匂いが残り、さすがに事後を感じさせて気まずかった。俺はベランダに続く窓を開ける。

「ちょっと吸ってくるから」

布団を片付ける菅原にはそう言い残して、マルボロ片手に立ち上がる。サンダルを履いて二階のベランダに出ると、夏の夕べは途端に肌にはりついた。湿っぽい空気の中のろのろ火をつけてくわえるとかすかに背後の視線を感じたが、振り返りはしなかった。税込440円の紫煙にのせて、罪悪感をハアと吐く。

菅原と寝たあとは決まって煙草を吸った。さんざやられた身体とおなじくらいに気分は重かった。

だって一言でいえば、俺は前途ある若者をたぶらかしている犯罪者なのだ。最初に烏養さん好きです付き合ってくださいと押しつけてきたのが菅原だからってそんなこと言い訳できた義理じゃない。けっきょくなしくずしにそれを受け入れて脚まで開いちまったのは俺のほうだ。

「好きです」
「俺のこと好きじゃなくてもいいから」
「俺が勝手に好きなんです」

俺を慕う菅原の言葉はいつもまっすぐだった。小気味良かった。懐かしくも、ときどき羨ましくもあった。趣味の悪い男子高校生がいたもんだなと思いながらも、それでも絆されずにはいられなかった。気づいたときにはもうあともどりできないくらい菅原のことを好きになっていた。

だからときどきこんなふう罪悪感に襲われることはあっても、菅原と付き合ったことは、実際後悔していない。

ひどく気が重いのは、本当はべつのことだ。宙を見上げながら俺は煙を吐く。気がかりなのは家族のことだった。親だとか、ばあちゃんだとかじいちゃんだとかそういった人の顔を見ると、最近どうしようもなく申し訳ない気持ちになる。こんなだが俺だって一応は長男だ。孫の顔を楽しみにされてるのはわかってるし、普通の親なら普通の相手と結婚してほしいもんなんだろう。でもその期待に答えられるあてもない。

あるいは菅原が俺に飽きたらそのときは新しい相手をさがすのかもしれなかったが、菅原のまっすぐな瞳にはそんなことないだろうなと思わせる強さがあった。菅原はたぶん俺を捨てないだろう。ばかみたいだがそう思う。

そうなると誰よりつらい思いさせるのはきっと俺の親だった。三十近い独身の一人息子がじつはゲイだったなんて、生々しすぎてあまりに笑えない。(実際俺は菅原以外の男が好きなわけではないからゲイではないが、周りから見ればそんなのは同じようなものだろう)まったく笑えないよな、ため息とともに最後の煙を吐き出して煙草が切れる。

軒先の小さなバケツに放って部屋に戻ると、後片付けを終えた菅原は布団の上に座って携帯をのぞいていた。後ろ手に窓を閉めて、となりに腰をおろす。菅原は携帯から顔を上げて俺を見た。

「烏養さん、ご迷惑になるから、暗くなるまえには帰ってこいって。……その、親が」
「おう。そうだな、心配させるわけにもいかんし」

菅原は勉強を教わる名目で休みの日俺の部屋に来ているんだから、たしかにあまり長居するのもへんな話だろう。そう思ってうなずくと、ちょうど階下から母親の声がした。

「ケイシン、あんたご飯はどうすんの!」
「菅原もう帰すから、そしたら行くって!」

ドアを開けてそう返すと下の階ではなにか話しているような声が聞こえたがそのまま閉じた。休みなんだから彼女の一人や二人でもとかそんな話だったからだ。まったく耳が痛い。

うるさくしてわりいな、振り返ると菅原はいえ、とやけに神妙な顔をして首を振った。それからぽつりと、「あと半年、」という。

「え?」
「あと半年したら、俺、きちんと頭下げに来ますから」
「……! おま、なに言って、」
「だって烏養さん、最近元気なかったから、」

もしかして気にしてるのかな、って。戸惑いがちに言うこの男は本当に高校生なのか、付き合っている今でもときどき空恐ろしくなる。(だいたいそりゃ、超ド直球のプロポーズだろうが)思わずへたりと畳に膝をついた。

「……まったく、おまえそんだけ男前なんだから、他にいい子なんていくらでもいんのになあ」
「俺は烏養さんがいいです」
「ハ、」

言われるとわかっていても、実際その通り返されるとちくしょう嬉しいものだ。さっきまでの気重もきづけばどこかに消えている。そうだ年下のくせに、年上の威厳すらどうでもよくなるくらいの安堵をこいつはくれるやつだった。俺はくしゃりと笑って、エアコンの電源をもう一度入れた。

「菅原くん」
「なんですか」
「帰り送ってやるから、今日は、もうすこしいなさい」
「あ、烏養さんもっかいしたいんですね」
「……おまえも言うようになったよな」
「ハハ、」

きっと烏養さんのが移ったんだ、言いながら携帯を閉じた菅原は俺のスウェットに手をかけた。ゴツゴツした指に腰を撫ぜられながら俺はドアの隙間顔を出し、母ちゃん夕飯、もうちょっとしたら行くから、階下に叫んでいた。





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手癖で書くと大体こんなんなる。
前のとつながってるような、つながってないような。よく考えてなかったけど菅原烏養は好きです。 いつかしっかり書いてみたいような気もします。
(2013.0605)