及川女体化+東京の大学に進んでいる設定です
苦手な方は回避をお願いします
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「グラス空じゃん、次なに飲む?」

いいながらメニューを片手、それまで向かいにいた男がすうっと及川のとなりに座ってくる。その顔立ちとおんなじくらいにスマートだ。福山雅治を残念にしたふうなイケメンは、きっと今日の合コンでは一番狙われている男だろう。まあ、どうでもいいけど。及川は内心でつぶやきメニューをのぞく。

(モスコミュール、ピーチオレンジ、それともファジーネーブル?)

唇に指をあて考えていれば、となりの福山は俺が決めてやろっかとよけいな世話を焼いてくる。だるいなあと思ったけれどたしかにめんどうだから、じゃあお願いと笑顔をつくる。だって及川が本当に好きなのは生ビールだ。ぶりっこだから外の飲み会ではまず飲まない。生中でなければカクテルなんて、及川にはどれだって同じだった。男の頼んだカルーアミルクでも、だからべつに構わない。

注文が終わると、それまで及川の左に座っていた女の子が不意に二人の会話に入ってきた。媚びるような上目遣いは及川の奥の男を狙っているのだろう、今日及川を呼んでくれた同じゼミの子だったから、しかたないなと席を立った。ちょっとお手洗いいってくるねと声をかけ座敷を後にする。ヒールを履くとすこしふらついて、お客様大丈夫ですか、近くにいた店員にたずねられた。

「えへへ、だいじょーぶ」

軽く答えて内心では舌打ちし、及川はトイレにあるく。途中にある飲み屋の入口にちらりと目線をやったが、及川の待ちわびる姿はそこにはなかった。岩ちゃんめ、なにやってるのさと思いながら個室で携帯をひらく。新着は二、三件あったがどれも迷惑メールだった。ちぇっと壁を蹴る。蹴ってからだれもいないよね? 周りを見回すが個室にいるからわからない。まあいいやメールを打つ。件名「岩ちゃん今日の飲み」本文「楽しい俺お持ち帰りされちゃうかも」そうして送信ボタンを押して、及川は頬をふくらませた。

興味もない合コンにこうしてときどき参加するのは、いつだって恋人にむかえに来てほしいからだ。最初の一回はただ友だちの付き合いで出ただけだったがそのときそれを聞いた岩泉が激昂して居酒屋まで奪いに来てくれたからそれで味をしめた。以来気が向くとてきとうな誘いに応じて顔をだしている。岩泉は律儀に毎回店まで来てくれる。それまで及川を狙っていた男たちをにらんでその腕をひっぱりお持ち帰りして、その後はこのばかといいながら一晩中及川を責めてくれる。最高にもえる。だから合コンにくるのはやめられない。

(……のに、なんで、)

今日に限って返信のひとつもないんだよ岩ちゃんのばか、洗面所の鏡にうつる自分をにらみながら及川はアイラインを引き直す。今日はいっとうおしゃれをしてきたのに。東京の大学に入ってから伸ばし始めた髪もようやく上手に巻けたのに。服だって岩ちゃんの(口に出さないけど)好きな、ちょっとギャル系のワンピとカーディガンを着てきたし、下着だって一番うけがいいのを選んだのに。それなのにメールの返事はない。さっき同じようトイレに立ったときむかついたからごていねいにお店の地図までつけてあげたのに。

(はーもういっそ、ほんとにお持ち帰りされちゃおうかな、)

ため息をついてリップをポーチにしまい、及川はのろのろと座敷にもどった。さっきの福山と女の子は話し込んでいたから空いている席にかけると、となりにいた頭のわるそうな男が鼻をのばして笑いかけてくる。

「もートオルちゃん待ってたんだよ、みんなで王様ゲームしようっつっててさあ、」
「え、ほんと? ごめんごめん、うん、やろっかあ」
「じゃー割りばしつくりま〜す」

うんとうなずいて席を外していたあいだに届いていたグラスにくちをつける。大きい氷が入っていたが味は濃かった。ひとくち飲んでうえと戻す。そういえば甘い酒は得意ではなかった。アルコールばかりが食道をとおって落ちてゆく。さして強いほうでもないし、これはちょっとずつ消化するしかないなあ、思っていると男のわりばしが完成する。

にこにこと笑ってそのうちの一本をとった三十秒後、やっぱり王様ゲームなんてやらなきゃよかった、及川は深く後悔した。十人もいるくせに三番を引いたのは誰だ? 自分だ。三番は一気などと言ったのは誰だ? 王様だ、それは斜め向かいに座る女がわるい。まわりが心配するから本当は断れた。でも断らなかったのは誰だ? ……自分だ。

んぅ、とグラスを傾ける。喉を焼くような甘さが伝ってきもちわるい。それでもちろちろと必死に流し込む。及川ならそうでなくてはならなかった。「軽くてノリのいいトオルちゃん」というキャラを守るにはそれしかなかった。

周囲のはやしたてる声はひどく遠く、飲み干したころには目の前に星が見えるほどくらくらした。思わずとなりのわりばし男にもたれてしまってごめんと謝る。女の子が無理しちゃだめだよ、まんざらでもない顏でそういって男は及川の肩を抱いた。いかにも遊び慣れている手つきだった。東京の男はそんなのが多いから嫌いだ。岩ちゃんならもっとずうっと不器用なさわりかたをするのにと思うがその手を払うほどの気力もない。

好きなようにさせていると二回戦目が始まって三、四と、王様の命令は酒の量とともにどんどんとエスカレートをくりかえす。そういえばこんなにまともにこのくだらないゲームに参加したのは初めてだと、向かいで膝枕をする五番と六番の男たちを見ながらふと思った。いつもだったらこんなに酔う前には岩泉が迎えに来ているのだから、やっぱり今日はなにかがおかしい。

カーディガンから携帯をとりだそうとしたが次のゲームが始まってしまいしかたなく割りばしをとる。七番だ。(まあ、さっきからたいした罰ゲームもくらってないし、たぶん大丈夫……)けれど王様になった経済学科の女はきゃあと叫んだ。

「じゃあ、七番と四番の人がキス〜!」
「!」
(うそ、やだ、ちょっと待ってよせめて女子、)
「お、俺だわ四番。七番だれ?」

おまえかよ、よりにもよって手を上げたとなりの男に及川の顔が凍る。無理だ、岩泉以外なんて絶対無理だ。するくらいなら舌を噛み切ってしんでもいい。現れない七番を座敷がざわめいて探す。トイレにでも行くふりをしていっそ逃げようか、腰を浮かしかけたそのときしかし手がすべって握り締めた七番がテーブルの上に落ちる。あ、と思ったときにはとなりの四番と目が合っていた。笑みを浮かべた男の手が伸びる。

「っ、やだ、」

反射的にふり払ってからはっとする。さっきまでの座敷の賑わいは一瞬に息を呑み、目の前の男はなにが起きたかわからないといった顏でぽかんとしていたが、しかし拒まれたのがわかるととたんに頭に血が上ったようだった。

なんだよゲームだろと言いながら、自分のほうがよっぽど本気になって及川の腕をつかんでくる。手加減のない握力に思わず折れるんじゃないかと不安になる。なによりさっきまでへらへらしていたはずの男の形相がこわくてたまらなかった。酒の回ったせいもあって、身体にはよけいに力が入らない。

いつもの及川ならなにかてきとうなことを言ってフォローくらいできたはずだった。けれどだめだった。雄弁なはずの舌はちぢこまり、歯はかちかちと震えてまるで言葉がでない。男にこんなふう乱暴されるのは初めてだ。いままで付き合ったのは岩泉だけ、岩泉はこんな触れ方は決してしない。及川の怯えを見て取りしめたとばかり、近づいてくる顔に涙がにじむ。

(もうやだ合コンなんてくるんじゃなかった、やだ、やだ、岩ちゃんたすけて、)

そう思ってぎゅうと目をつむった瞬間しかし、ふいに携帯の着信が鳴る。あ、と及川はポケットを見下ろした。岩泉からあんまり返事がないのでマナーモードを切ったままにしていたのだ。

一拍間が入ったことで、まわりの男たちがあわてて二人を止めに入る。四番の男はあいかわらず暴れていたが、長身の福山が押さえつけてくれたのでその手は及川には届かなかった。ここは大丈夫だから行って、頬を殴られながら言う福山はちょっとお節介だけどいいやつだった。ごめんねガリレオちゃんと見るから、心のなかであやまって、ころげるように座敷を逃げる。バッグもコートもそのままに、高いヒールをなんとか履いて、酩酊する足東京の夜を駆ける。店を出てよろよろ走りながら岩泉に電話をかけた。さっきの着信は岩泉からだった。コール三回も待たずに通話がつながる。

『及川? おまえ、今飲み、』
「帰る!!」
『え?』
「も、帰る、岩ちゃんとこ帰る。岩ちゃんどこにいるの、俺すごく怖かった、」

ぜえぜえはあ、泣きながら走りながらたずねると岩泉はつかのま考えこんだようすでそれから及川の居場所をきいた。

「マツキヨの前? わかった行くから、すれちがいになっても困るし人目のあるとこでちゃんと待ってろ」

それだけ言って電話が切れる。及川は携帯を握り締めて商店街の片隅にしゃがみこんだ。脚はまだがくがくふるえていて、いつのまにかお気に入りのヒールは片方どこかに脱げていた。頑張って作ったフレンチネイルも何本か折れているし、マスカラだって涙で落ちて、化け物みたいな顏だろう。岩ちゃん引くかな、思っていると向こうから足音の近寄る気配がある。顔を上げれば及川のきたほうから、岩泉が白衣を着たまま走ってやってくるところだった。

さっきまでの心配もなにもかも飛んで、気づいたときには駆け寄っている。商店街の真ん中で抱きつくと岩泉の匂いに胸がぎゅうっとした。ひどく慌てて走ってきたのか岩泉の身体は四月の夜なのに汗ばんでいる。ぎゅうぎゅうと広い背中をきつく抱きしめると岩泉はおなじくらい、けれど及川の身体が折れないようほんのすこしだけ手加減をして抱きしめ返してくれた。このやさしさだ。これじゃなきゃ及川にはだめだ。じわ、と涙がせりあがる。

「東京の男なんか嫌い」
「……他の県ならいいのかよ」
「やだ。岩ちゃん限定」
「東京関係ねえじゃん」
「岩ちゃん抱いて」

強請ると岩泉はぴくりと肩を震わせて、帰ったらな、と頭を撫でてくれる。やだ、やだ、いますぐしたいよ、そう言って及川がばかみたいに泣くと、なだめるようひたいにキスが落とされた。家の外ではそんなことまったくしてくれない男だったのに。かんたんな及川はそれだけでほっとして、岩泉の白衣をつかむ。

「岩ちゃん大学から? 走ってきてくれたの?」
「そうだけど」
「……ごめんね、」

もうあんなとこ行かないからとあやまれば岩泉はきまり悪そうな顔をして、俺のほうこそ、という。

「悪かったよ、今週発表があるから忙しくて、……それに、おまえが、」

たまには俺のいない間にちょっとくらい痛い目見たらいいって、ほんとは思ったんだ。つぶやく岩泉はすこしだけ泣いていた。背中に回された腕は及川よりもずっと震えていた。岩泉の涙を見たのは小学校で、及川が初めて高熱を出したとき以来のことだ。岩ちゃんごめんね、もう一度あやまると岩泉はぐしゃぐしゃになった及川の顏にもう一度キスをして、帰ろうと言った。

一部始終を見ていた商店街の人々の目を恥ずかしい思いでとおりすぎ、その日はふたりで同棲する部屋に帰った。おどろいたことに及川がどこかで落としたヒールは岩泉が拾っていた。おまえのに似てると思ったから一応持ってきたんだけど、と岩泉は言うので及川はまた泣いた。いつもは及川がどんなにおめかしをしたっていいんじゃねえのしか言わないくせに、それなのにお気に入りの靴はちゃんと覚えているなんて、かたっぽ拾ってくるなんていったいどこの王子様だと思った。及川以外の王子様になると言い出したら岩泉を刺して自分も後を追うしかない。ぶっそうなことを考えながら部屋のドアを閉めた。

玄関で及川を押し倒しながら、こんなことされなかったよな、すこしだけ不安な顔をして岩泉はきいた。安心させたくてううんと大きく首を振る。

「されてないよ、ちゅーされる前に逃げたもん」
「……されそうになったのか」
「う、腕、つかまれただけだってば、」

ふうん、細い目でうなずき岩泉はちらりと及川の腕を見る。明日は誰にも見せられないくらいのキスマークで埋まるんだろうな、諦めるように及川は思った。自分に対してだけは意外と嫉妬深いところもどうしようもなく好きだから困る。岩泉の無骨な手は胸元のリボンに伸びる。及川はうっとりと笑って、その首に腕をまわした。






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としおはしぬことにしたずっと聞きながら書いてた
としおじわじわくるよね
(2013.0429)