あ、と思わず声がもれると岩ちゃんは熱心にいじっていた俺のお尻からふと顔を上げた。そうしてうっとりと目を細めて、かわいい、と微笑する。瞬間身体中の血が沸騰してしにたくなる。岩ちゃんにやられながらならまあいいかもとかそんなことをちらりと考える。ちがう意味ますますしにたくなる。

目を合わせているのがつらくて俺を組み敷いた岩ちゃんにぎゅうと抱きつくと、そんな俺を岩ちゃんはまたかわいいなと言った。指をくわえたところの締まったのが自分でもわかって恥ずかしい。ねえもういいからいれてよと悔しまぎれ俺が言ったって「痛くしたくないから、」やわらかく突っぱねられるだけだった。岩ちゃんの指はそうしてまたゆっくりと俺をかき混ぜる。俺はんっと奥歯を噛んでその背中に思いきり爪を立てた。クソとかグズとか岩ちゃんみたいなことめったに思わないし言わないけれど、そのときばかりはクソ岩ちゃんまじくたばれと、わりと本気で思っていた。

岩ちゃんが、かわいい、かわいいと言いながら俺を抱くのはすなわち腹を立てているときの嫌がらせだった。今日はお泊まりにきた俺が勝手に自分のプリンを食べたのから怒っているのだ。前にも二、三度やられたことがあるからわかる。やられるたびやっぱり羞恥でしにそうになる。

だって普段の岩ちゃんはそんなこと一言だって口にすることはない。むしろセックスするときの会話はざっくり言えば「痛くないか」「入れていいか」「今日はどこに出すから」の三パターンくらいだ。よくよく考えたらひどいはなしだと思う。誘うのだっていっつも俺からだった。ねえ岩ちゃんしよ? 俺したい、岩ちゃんの好きなゴム買っといたし後始末もちゃんと自分でするから、そこまで言ってようやくしょうがねえなあと岩ちゃんは立ち上がってくれる。起ち上がったものをくれる。今日みたいにやさしく抱き締められ岩ちゃんのベッドに寝かされて、まるで宝物にそうするように触れられることなんて、だから本当はひどくめずらしいことだ。

不意にいいところを掠められて女みたいな声が出る。俺があごを持ち上げると、岩ちゃんはひどく愛おしそうな目をして俺のおでこにキスをした。いっしょに放っておかれた性器を撫ぜられて目の前がくらくらする。いつもの岩ちゃんからは想像できないくらいにしつこい、やさしい愛撫だった。シーツから思わず腰を持ち上げてもっととねだるとそんなさまさえ岩ちゃんはかわいいという。何度も言われるとなんだか本当にそう思われているような気がしてくるからたまらない。

俺がにじむ涙をぬぐっているあいだにも、もうきっとふやけているにちがいない岩ちゃんの指は飽きずに俺の下腹をいじっていた。やさしいけれどもの足りない刺激にもうずっと固くなったままふるふると震えていてひどくつらい。いつもなら行為自体終わってるか岩ちゃんが顔に出しているくらいの時間のはずなのに今日はまだいっかいもいってない。うしろだってたぶんもうぐずぐずにされているのに、それでも岩ちゃんはいれてくれなかった。おねだりだって何度もしたのに、はしたないことだっていっぱい言ったのに、

「ねえまだ怒ってるの、」

霞む頭で尋ねると岩ちゃんはようやく俺に目を向けた。けれど笑って、そんなことねえよという。

「じゃあなんで岩ちゃんいれてくれないの、俺もう限界だよこれ以上待たされたら浮気しちゃう」
「はは、させねえし」

笑う顔はしかし笑っていない。ああやっぱり怒ってるんだ、たぶん猛烈にそうだ。絶望した。俺はあと何時間このまま生殺しにされるんだろう。ちらりと岩ちゃんのトランクスを見たらもうガチガチに勃っていて涙が出た。そんなになっているのにそれでもだめなのか。どんだけ恨み深いんだよ。泣くのが止められなくて顔までぐずぐずになってくる。岩ちゃんはやっぱりかわいいという。絶対嘘なのにだいたい俺は男なのにたまらなく恥ずかしいのに、嬉しかった。ぐす、と涙を拭いて覆いかぶさる岩ちゃんを見上げる。

「ね、岩ちゃん、」
「ん、」
「ごめんなさい。俺、もう岩ちゃんのプリン食べないから、」
「……」
「おわびのプリンも買うから、もっといいこにするから、今日は中に出してもいいから、」

だからいれてください。何度目かわからない懇願をすると岩ちゃんはしばらくじっと俺を見ていたが、やがてため息をついて自分の下着に手をかけた。はしたないとわかっていても思わず喉が鳴る。取り出されたそれはすでに白く汚れていて、岩ちゃんはどうやら俺の知らないあいだにいっていたらしい。ずるいと思うより嬉しい気持ちの方が大きかった。俺の身体ばかり触っていたからろくろく自分のほうなんて触っていないだろうに、それでも俺のやらしいとこ見てるだけで岩ちゃんはいったのかと思うとたまらなく岩ちゃんとやりたくなる。押し当てられた熱だけでいきそうになる。

歯を食いしばって我慢したけれど、待ち望んだそれを突き入れられたときにはもうなにがなんだかわからなくなっていた。がくがく揺さぶられると頭がまっしろになってあんあん大きな声が出て、夜中だけれどちらりと家族を気にした岩ちゃんが俺のくちを自分のそれでふさいでますます酸欠になる。岩ちゃんのことしか考えられなくなる。さっきからずっとそうだけどもっと考えられなくなる。

たまらなくよかった。ガツガツ押しつけられる熱もたぶん何度か腹の中に吐き出されている欲望も俺を見下ろす岩ちゃんの男っぽい表情も、なにもかもがよかった。その夜何度自分が果てたのかはよくわからなかったが、気づいたときには俺の腹は汚いどろどろの水たまりみたいになっていた。幸せだなあとぼんやり思った。岩ちゃんはしばらくすると動きを止め、俺の上にぐったり倒れこんだ。岩ちゃんのお腹が汚れちゃうと思ったけれど、疲れていたからもう声は出なかった。

後始末自分でできるか? だるそうに引き抜いた岩ちゃんに聞かれてうんとうなずく。本当はめんどうくさかったけれど、いいこにするからと言ったのだって決して嘘じゃない。岩ちゃんに渡されたティッシュで自分の腹をぬぐい、それから身を起こす。腰はずっしり腫れていてなんだか身重になったみたいな気分になる。自分の尻に無造作に指を突っ込んでねえ岩ちゃん俺かわいいかな、たずねたが岩ちゃんはなにも言わずに下着を履き直すだけで、ああやっぱりそうだよね、内心でうなずいて俺はついさっきまで俺をかわいいと言った男の精子を掻き出した。

岩ちゃんにかわいいと言われるのはたまらなく恥ずかしくてしにそうになるから、だから好きだった。いつもなら絶対口にしないその言葉を、怒れば絶対いってくれるとわかっていたから岩ちゃんがお風呂に入っている隙に安いプリンを食べた。そのことを謝ればそれを許して岩ちゃんが入れてくれる、行為が終わってしまうと思ったから理性の擦り切れる最後までろくろく謝りはしなかった。

そうして今はもう岩ちゃんにとってかわいくなくなってしまった自分に泣きそうになっている。俺はばかだろうか。たぶんばかなんだろう。それでもかまわない。一瞬だけれど岩ちゃんにそう思われているみたいな錯覚ができたならそれでいい。

ひとりシャツを羽織る背中ににせめてもの嫌み、「意地悪したいときだけああいうこと言うのずるいよね」と言えば岩ちゃんはしばらく黙っていたが、全部のボタンを留め終えるころふいにぽつりと、

「べつに、いつもは言わないだけだけど」

といった。俺はしばらくぽかんと口を開けたが、しかし言外の「本当は思っている」を読み取るのはあまりにかんたんで、なんだかくらくら眩暈がした。やっぱり岩ちゃんはずるかった。俺の望んでいた言葉をそんなにあっさり吐き捨てるなんて、なんてひどい男だろう。(ああもうホントにクソ岩ちゃん、大好きだよ)

思わずシーツを片付ける岩ちゃんにキスするとにらまれた。なに誘ってんのもっかいやんぞ? え、うそ岩ちゃんまだ出るの。十八歳の性欲舐めんな。正直すみませんでした。








(2013.0428)