岩ちゃんヤンデレなので注意してください
及川の彼女もちょっと出てきますが、基本的には及岩です






着替えを終えて部室を出れば、そこには三組の女子が立っていた。俺の姿を見つけると、「あ、岩泉くん!」ニコニコ声をかけてくる。

「ね、バレー部もう終わった? 徹くんがね、送ってくから、終わったくらいにこのへんで待っててって」
「ああ、今終わったとこ。及川もそろそろ出てくるんじゃねえかな」
「そっか〜、ありがとう!」

岩泉くんもお疲れ! ついでにおすそ分けされた笑顔に手を振って、ひとり背を向ける。

久しぶりに間近で見た及川の彼女は前髪をのばして、前よりももっと可愛くなったように見えた。あるいは恋人のためにと、毎日健気な努力でもしているのかもしれない。「この前はお弁当作ってきてくれたんだよ〜」数日前の及川の言葉を思い出す。かわいい上になんてかいがいしい彼女だろう。リア充め、まったくクソだ、反吐が出る。

正門の前に着くとさっき別れたばかりの及川にメールを打った。『メシ食いに来るか』タイトルにそれだけ入れて送信ボタンを押し、返事は待たずに歩き出す。母親のパートは遅番の日で、他の家族も帰りが遅いから、夕食は俺が作る曜日だった。

学校近くの大きなスーパーに寄り、買い物をしているとポケットに入れた携帯が鳴る。及川の返事にはやつがよく使う笑顔の顔文字と、ハートの絵文字だけがならんでいた。俺のメールを短い、そっけないと及川はよく怒るが、自分だってたいがいだと思う。俺だから解読できるけど、と思いながら「買い物中」と返しておいた。

夕飯時の人ごみの中ハヤシライスの材料を買って店を出ると、入口には追いついてきた及川が立っている。自動ドア越しに目が合うと、「あ、岩ちゃん、」手のひらの携帯をひらひら振ってみせた。

「よかった、今ちょうど電話しようとしてたところでさ、」
「おー」

荷物持つよと言って、及川はひどく自然な動作で俺の手からビニル袋を取り上げた。まったく腹が立つくらいにイケメンだ。俺だって男なのにと前に言ったら、でも俺の役目だよといって笑っていた。こんなふうにさらりとやさしくされたら、女が勘違いするのも無理はないなと思った。

及川に荷物あずけ、二人並んで夕焼けの家路をゆく。

「そういえばおまえ、彼女は置いてきてよかったのか」

帰り道の途中ふとたずねれば及川はああとうなずいて、

「岩ちゃんのご飯久々だったから、一緒に帰るのはまた今度にしたんだ」

とはにかんだ。たしかに及川が夕食に来るのは久しぶりのことだった。以前は決まって週に一度、なにも言わずとも俺の当番の夜にやってきていたが、三ヶ月前に今の彼女と付き合い始めてからあまり来るようすがないので放っておいたのだ。

「……ねえもしかして、ハヤシライス?」

手提げの中身をのぞいた及川がキラキラした目で聞いてくる。そうだけどとうなずくと両手上げて喜ぶ単純なところも、ハヤシライスが大好きなところも、子どもの頃からまるで変わらなかった。

「ねえねえ、卵もつけてくれるよね? 」

当然のようにのぞきこんでくる十八歳児のデコを指でピンと弾いて甘えてんじゃねえと笑ったけれど、四個入りの卵のパックは及川の持つ袋の底にきちんと買ってあった。


いつものルーに豚とにんじん、それから玉ねぎを多めにきざんで煮込み、最後にふわりと半熟のオムレツを載せて出してやると、及川はおいしいおいしいと手放しによろこんでそれを食べた。あんまりがっつくのでそろそろむせる頃かと思って水を差しだしておけば、案の定ごほごほ言い出して思わず笑ってしまう。

「なんだよ、そんなにうまいかよ」
「うん! 俺岩ちゃんの料理が一番好きだもん」

あんまりニコニコ答えるのですこしばかり意地悪な気持ちになって、「でも、彼女に作ってもらう方がうまいだろ」たずねれば及川はうーんと首をひねる。言葉の続きはしばらく待ったが、そのうち考えるより食欲が勝ったのか及川はまた手元の皿に興味をもどしてしまったので、俺は向かいの席で黙って夕食を食べた。

そうして二回目のおかわりを片づけたころふと、ようやく食欲のおさまった及川は思い出したように、「おいしいけど、でもなんか岩ちゃんのとちがうんだよね」とつぶやいた。

「ふうん、」

うなずきながら林檎を剥いて、食後に出してやる。わあとひと口齧りついてから、やっぱウサギじゃない方がおいしいよねえと及川はしみじみ言った。昔から果物の皮は苦手なやつだった。そうと知らない彼女はわざわざ頑張って耳を生やしてやったのだろう。俺は口笛を吹きながら、赤い皮をゴミ箱に捨てた。

及川はそのあといつものように二階に上がり、俺の部屋にあった姉ちゃんの雑誌をしばらくだらだら読んでそれから隣の家に帰った。

この子かわいいよねえと読者モデルを指さしたり、投稿の記事を読んではこれはないなーとつぶやいたりするのを俺は聞き流していたが、

「日曜彼女が部屋に来るから、岩ちゃんわるいけど、」

と及川が言ったのだけはモンハンをやりながら聞いていた。その日は来るなと言外に言っていたのだろう。ああそうなんだと返しながら、俺は片手剣をボスの身体に突き刺していた。


そうして日曜日はいつもより早い時間に目覚ましをかけた。早いといっても平日に朝練のあるときと同じ時間だから、かけ間違えたと言えば及川も気にはしないだろう。顔を洗ってパーカをはおり、徒歩十秒の隣家に行く。

インターフォンを押すと玄関に出たおばさんはまだパジャマだったが、あらはじめちゃん久しぶりねと笑顔で俺を家に上げた。

「こればあちゃんちで野菜とれたんで、」
「あらやだ、いつもありがとうね」

手土産とあいさつもそこそこに切り上げて、廊下の奥にある及川の部屋に行く。ふすまを開けると及川はもう起きていて、服を着替えているところだった。急に開いた戸におどろき振り返り、彼女の名前をとっさに呼んでから、「……ああなんだ岩ちゃんか、」及川は構えた肩の力を抜く。俺は眉をしかめた。

「なんだってなんだよ、俺じゃわるいか」
「え? べつにわるくはないけどさあ、」

今日、彼女くるって言ったじゃん。気に入りのシャツのボタンを留めながら、及川は不満げにそう言った。「あれそうだっけ」とうそぶけば、及川はあきらめたようにため息をつく。

「まーいいけどさ、べつに。岩ちゃんがちゃんと聞いてるなんて思ってないし」
「うん、だろ」
「もう、開き直るのやめてよね」
「ハイハイ、わるかったって」

そんじゃあ帰ると、言った俺の背をしかし及川が声で引き留める。ふりかえると一瞬及川は迷うような顔を見せたが、それからううんと首を振った。

「いいよ、むこう、また今度にしてもらうから」

俺だって今日そんな乗り気じゃなかったしとつぶやいて、及川は俺に歩み寄る。そうしてふすまを閉じた両の腕は、そのまま俺の背中に回された。

「ね、岩ちゃん、」

いい? 耳元でそっとたずねてくる甘えた声が好きだ。朝からかよ、俺が笑うと及川は「今日もともとそのつもりだったし」とつぶやいた。彼女のことを言っているのだろう。こらえ性のない男は俺の答えも待たず首筋に噛みつき、腰のラインをなぞっていた。口の端が自然と持ちあがるのがわかる。頬にゆるくキスを落としてくる頭を撫でながら、「電話しなくていいのか?」ささやくと及川は面倒くさそうにポケットから携帯を取り出した。そうして俺の上着を片手で器用に剥ぎとりながら、もう片方の手で電話をかける。

「もしもし、……ああ、おはよう、今日なんだけど、ごめんね俺、急な用事ができちゃって、」

言いながら及川は俺の尻を撫でた。んっと息を詰めたのがもしかしたら電波のむこうにも聞こえてしまったかもしれないが、わるいのは及川の掌である。

ううん大丈夫だよと健気に笑う彼女の声をすぐそばで聞きながら目の前の身体を抱き締めると、及川の腰が触れて思わず小さく笑ってしまった。ぴくりと震えた及川が、とがめるようににらんでくる。さんざん人の尻を撫でまわしたくせに勝手なやつだ。

ねえ誰かいるのと彼女は聞いたが、及川はなんでもないよと笑って通話を切った。そうして携帯を放った手で、畳の上に押し倒される。ふとん、と三文字言う時間もなく口をふさがれていた。携帯は絡み合う俺たちの向こうで二度、三度と鳴っていたが、及川はふりかえりもしなかった。及川がせっかくめかしこんだばかりのシャツに手をかけながら、ざまあみろ、心の中でつぶやいた。


彼女とくらべて俺を選ぶことなんて、最初からわかっていた。

及川が童貞を捨てた相手は俺だ。初めてキスをしたのも、絵文字だけのメールを解読できるのも、それから食事の好みを誰より知っているのもぜんぶ俺だ。及川には、けっきょく俺しかいないのだ。けれど及川は鈍いから、まだそのことに気づいてはいない。

だから「貸し出す」ことにした。及川の初めては俺がみんな奪って、それでも好きだとは言わず放り出したのだ。自分には俺しかいないのだとわからせるために、俺は及川を放し飼いにしている。

やはり帰巣本能みたいなものでもついているのか、及川はどこの誰と付き合っても、数か月が経てばきちんと俺のところに帰ってきた。今回はすこし長く続いたからおもしろくなくて俺もすこしばかり手を出したけれど、でも彼女でなく俺をえらんだのは結局及川本人である。今の女と別れる日も、おそらくもう近いだろう。数か月ぶりの及川の手に抱かれながら、俺はそっと唇を持ち上げる。

及川はきっと、もうすぐ理解するころだろう。誰かと別れるたび「岩ちゃんのほうが」と口にしている自分に、いいかげんそろそろ気がつくはずなのだ。貸出期間はそしたら終わりだ。俺はようやっと及川を手に入れて好きだよと告げて、そうしてしまいこむ。

その日がくるのを思うと、待ち遠しさに思わず身の震えるくらいだった。勘違いした及川が、そんなにいいのと覗き込んでくる。調子に乗るなと鼻っ柱に噛みついてやった。「いたた、痛いよ岩ちゃんひどい、」及川は罵るが俺はやさしいほうだと思う。だって俺には岩ちゃんしかいないんだと鈍い及川がわかるまで、俺は待ってやるつもりなのだから。

「――なあ、俺ってやさしいだろ?」

見上げて聞くと、俺を組み敷いた男はくしゃりと顔を歪めて、ひどいよ、と言った。

及川が彼女と別れたと聞いたのは翌日の、月曜日のことだった。







+++
たまには注意書きとかR指定のないものも書いてみたいけどつい趣味に走っちゃう……
ヤンデレはいいよね!><
(2013.0410)