※ほとんど及岩ですが一瞬及川が他の女の子とやってるので苦手な人は注意してください※





今日告白してきた女の子は、黒髪のショートカットだったから俺はいいよと言った。

そうして五限目からあとをサボり、使われていない準備室で俺たちはセックスをした。壁の方を向かせ白い尻をつかんで揺すると短い黒髪が不器用に震えてうなじを打ち、それだけで興奮して俺はいってしまった。

行為が終わって用済みになったゴムをティッシュにくるんでいると、ポケットに入れっぱなしだった携帯が特別のメロディで鳴るのであわてて通話に出る。

「……岩ちゃん? …あ、うん、眠かったからちょっとサボっちゃった。部活はちゃんと出るからさあ、…うん、ハイハイ、…それじゃ」

そう言って電話を切ると、中途半端に服を脱がされた少女がようやく呼吸をおちつけて俺を振りかえった。行為に疲れた横顔はすこしキスを求めているようにも見えたが、顔はべつに似ていないし好みでもないから気づかないふりをしてしれっと笑顔を作る。

「じゃあまたね」と言って部屋を出たあと、そういえば彼女の名前すらあいまいでよく覚えていない自分にふと気づいたが、もしまた寝ることがあればそのとき聞けばいいやと思った。だいたい彼女の名前がなんであろうと、俺にとって彼女は何番目かわからない「岩ちゃん」でしかないのだから、どうだってよかった。


旧校舎を出て、一度教室にもどろうと足を向けた渡り廊下の途中で岩ちゃんと鉢合わせる。近くにあった自販機わきのゴミ箱にティッシュをぽいと投げ捨て、俺は駆け寄った。岩ちゃんは俺を見つけると、眉根にぎゅっと皺をよせる。

「おまえ、あとでなんか奢れよな。けっきょく二時間ともフォローするはめになったんだから」
「あはは、ゴメンゴメン、岩ちゃんごまかしてくれたんだ?」
「お前が席にいないと、俺が先生に聞かれんの」
「あ〜〜」

ごめんとありがとうをくりかえし、それから荷物をとりに行くのでそこで別れる。去りぎわ岩ちゃんはふと、「おまえ今日さ、」と口をひらいたが、ちょうどそのとき部活の後輩がきたので、そのときなにを言おうとしたのかは結局よくわからなかった。なんの話だったのか気にはなったが、部活を終えて家路につくころには、もうすっかり忘れてしまっていた。


いつものようにとなりの家の岩ちゃんと肩をならべて夕べをあるく。二月の風はまだ冷たくて、話しながら岩ちゃんがたびたび手のひらを結んだりひらいたりしているのを俺はちらちらと見つめていた。

こういうときその手をとって俺の熱をすこしでも分けてやれたら、どんなにいいだろうといつも思っていた。手をつなぐことなんてこれまでの彼女相手にはいくらでもしてきたのに、三か月前に岩ちゃんと付き合いはじめてからはてんでだめだ。

手をのばせない理由なら、よくわかっている。岩ちゃんはきっと、俺とそういうことをしたいと思っていないからだ。

最初に告白したのだって、俺からだった。小学校で出会って以来ほとんど毎日いっしょにいたのだから当然のように俺は岩ちゃんを好きになって、それはキスをしたいとかセックスをしたいとかそういう気持ちにすこしずつ変わっていって、そうしてバケツから水のあふれるようにあるときとうとうどうしようもなくなった。どうしようもなくなったから「俺のことひとおもいにふって」と告白したら付き合うことになったのだ。俺があんまり涙だとか鼻水だとかぐしゃぐしゃの顔でいったから、岩ちゃんはしょうがねえやつだなと笑っていた。岩ちゃんはやさしい。そうしてやさしいからきっと、俺に付き合ってくれているのだ。

そうしてそれを思うと、無理に恋人らしい行為をする気にはまるでなれなかった。俺は本当は手をつないだり、それ以上のことをしたりしたかったけれど岩ちゃんはゲイではないし、そんなことをされても困らせるだけだろう。さいあく、もう別れるとか言い出されたらたまらない。

だから岩ちゃんと付き合い始めてからは俺はかわりに、岩ちゃんに似た女の子をときおり抱くようになった。そもそもの男と女のちがいがあるから似ている相手といっても難しいけれど、今日のように短い黒髪の子や、雰囲気が近しい子はいるにはいて、そういう子でそれなりに満足はできる。そうして偽物の「岩ちゃん」に性欲を吐き出してしまえば、たとえば本人の更衣を見てもとなりを歩いても、それからこの後のように岩ちゃんの部屋に行ったって、俺はなんとか自制がきくのだった。

玄関でおばさんに挨拶して、二階の岩ちゃんの部屋に上がる。小学生のころから、学校帰りはこうして寄っていくのがたいていだった。おかげで岩ちゃんの部屋は俺の荷物と岩ちゃんの荷物半々だ。自分のクッションをベッドの上に置いて寝そべると、岩ちゃんは制服を脱ぎ始めた。俺は近くにあったバレー雑誌をひらいて、岩ちゃんの着替えをやりすごす。

しかしシャツのボタンをいくつか外した岩ちゃんは、そうだ、とおもむろにベッドに手をついた。鎖骨とそのしたのタンクトップが視界にちらついて、どきりとする。さりげなく目をそらして、なに? ときいた。

「や、今日のさ、」
「うん、」
「数学の宿題、おまえあとで手伝えよ」
「え? …あ、二時間目のやつ。ええでも、岩ちゃんのが数学得意じゃん」
「今んとこよくわかんね。俺そもそも微積分ダメだしさあ」

言いながら、岩ちゃんはシーツの上に座りこんだ。部活のあとの汗の匂いと、それから制汗スプレーの香りがすぐそばで鼻先をくすぐって妙に落ち着かない。岩ちゃんはいつもなら床に座ってゲームをしたりマンガを読んだりしているから、このくらいの距離にいるのはそういえばすこしめずらしかった。それにくわえて、あいかわらず中途半端にシャツをはだけたままでたいへんに目の毒だ。風邪ひくし、着替えるなら着替えなよともっともらしく俺がいうと、岩ちゃんはなんだかぼんやりした顔で、そうだなとうなずいた。俺は雑誌を読むふりを再開し、部屋には岩ちゃんが立てる衣擦れの音だけが響く。

そうしてYシャツを脱ぎ捨てた岩ちゃんはふと、「別れようか」といった。あんまりさらりとした調子でいうので、しばらくわけがわからなかった。たっぷり数分かかってようやく一言、「なんで」と返す。岩ちゃんはこちらに背を向けて立っているから、その表情はよくわからなかったが、その背はすこし、ふるえているように見えた。おまえさあ、と岩ちゃんは話し出す。

「おまえ、本当は俺のこと、好きでもなんでもないんだろ」
「え…? 岩ちゃ、」
「今日だって、浮気してたし」
「!」

岩ちゃんは振りかえると、歯を食いしばって、俺を殴った。喧嘩をして殴られたことは何度かあったが、あれは手加減をしていたのだと今ではわかった。全力で打たれた頬はキンとして、頭がすこしくらくらする。

「他の女の匂いまでさせておいて、気づかないとでも思ったのかよ、」

吐き捨てて、岩ちゃんは俺の腹に馬乗りになった。そうして制服の胸元を、ぐいとつかんでくる。
抱けよ、と岩ちゃんはいった。

「抱いてみろよ、俺のこと好きなら、」
「岩ちゃん、でも、」
「ふざけんなよ、なんだよおまえ、俺なんかじゃ、脱いでも興奮しないのか。俺じゃ、たたないっていうのかよ、俺が、――俺がどんな気持ちで、」

“おまえが他のやつ抱いてるとき、先生に言い訳してたとおもってんだよ“

息が、止まるかと思った。

岩ちゃんは俺の腹の上で、ぼろぼろと大粒の涙をながして泣いている。バカな俺にはそのときようやく、岩ちゃんを大事にするつもりでただ傷つけていたのだとわかった。

濡れた頬にそっと手をのばすと、赤い目はそれでも強く俺をにらむ。どうしようもなくいとおしくなって、俺は岩ちゃんにキスをした。殴られたときに切れたのか俺の口は鉄の味がして、岩ちゃんとする最初のキスは、思い描いていたよりずっと苦かった。ふざけんなよ、と小さな声でまたつぶやいた岩ちゃんが、俺の手を離れようと身をひねる。それをつらまえて、俺はもう一度口づけた。押し付けて、今度は舌をいれて、逃がさないように腰をきつく抱いて、岩ちゃんとキスをする。腕の中の身体は強張っていたが、しばらくそうしているうち酸素がうすくなって、力が抜けたようだった。身をはなして、その顔をのぞきこむ。

「岩ちゃん、ヤじゃない?」
「や、って…なに、が、」
「俺とこういうことするの、岩ちゃん、嫌だと思ってたから」

そう言うととろんとしていた岩ちゃんの目は、ふとしっかりとした意識をとりもどした。

「おまえ、なに、もしかして、」
「…うん?」
「そんなこと考えて、だから、他の女抱いてたのかよ」
「……だって岩ちゃんに嫌がられたら、俺たぶん超落ち込んじゃうし、それに…」

大事にしたかったんだと、慣れない本音をいうのは恥ずかしくてつい目をそらしてしまう。岩ちゃんはしばらく俺の襟をつかんだまま黙っていたが、やがて、ばかだな、とつぶやいた。

「ば、バカって…! いやバカだけど、でも、けどさ、」
「ばかだよ、このバカ及川」

バカ、バーカとくりかえしながら、岩ちゃんが俺の頬をつかむ。強い眼差しに真正面から見つめられて、どきどきした。ひたいをくっつけて、岩ちゃんはいう。

「この、バカ及川が、なにくだらねえ気ィ遣ってんだよ。おまえの迷惑とか我儘とか、俺は全部慣れてんだから、」
「……うん、」
「だから、――だからさ、いいんだよ」

そう言って岩ちゃんはぎゅっと、俺を抱きしめた。皮膚をとおして伝わる鼓動は俺とおなじくらい早く動いていて、ひどく嬉しくなる。ちゅ、と頭のてっぺんにキスをおとして腰のラインを撫でると、「ふあ、」と岩ちゃんがふるえるのが伝わってきた。

そのままベッドに倒そうとしたところで、下階からおばさんの夕飯を告げる声がするのでひやりとする。岩ちゃんと目と目を見合わせて、「ちょっと待ってて、」俺は立ち上がった。そうして服をかるく直して下におり、勉強に集中しているからあとでおりていくことを伝えておく。「すみません、はじめちゃん、教えるの上手いんで、すごいはかどるんですよ」営業スマイルで息子さんをほめておくとおばさんはやだわと笑って、じゃあ声かけないでおくわねと居間に歩いて行った。(おばさんごめんなさい、息子さんは今日悪い大人の階段を一歩のぼります)

部屋にもどると一瞬のあいだに脱いだシャツを羽織り胸のまえで握り締めた岩ちゃんと目が合って思わず笑った。後ろ手に部屋の鍵をしめて、ベッドに上がる。

「かわいいね、すぐ脱がしちゃうのに」
「う、うるせえ! かわいいとか言うなきもい、」
「かわいいよ」

いいながら今度こそ押し倒して、その胸に沈む。何度も思い描いていた身体に触れて、匂いだけで勃ってしまいそうだ。というか実際もうゆるく起き上がり始めている。困ったなあと思いながら、岩ちゃんの鎖骨に噛みついた。

「いっ…、」
「ねえ、そういえばさっきさ、」
「…っん、ん?」
「もしかして岩ちゃん、さっき服脱いでるとき、誘ってたの?」
「! っな、に言って、あ、やめ、やめろそれ、いやだ…、」

胸をいじられ頬を染めながら、ちがう、ちがうと岩ちゃんは首をふる。図星らしかった。岩ちゃんのお誘いは、なんてわかりにくくて、ひかえめで、いとおしいのだろう。もしかしたら帰り道手を握ったり開いたりしていたのも、あるいはそうだったのかもしれないと愛撫しながら思った。

「今まで他にどんなお誘いしてくれてたの?」耳を犯しながらたずねると岩ちゃんはしにそうな声で、「姉ちゃんのシャンプーつかって、シャワーあびたりした…」とかそんなかわいいことを言うので、これからは今までのお誘いの分もたっぷり乗ってあげようと俺はそう心に決めた。

岩ちゃんは耳の中を舐られるとたまらなく感じるのか、びくびくとふるえて、よだれをたらしていた。すっかり突っ張った前を片手で寛げてやると、指先がかるく触れるだけで岩ちゃんはあ、あ、とこらえ性なく喘ぐ。いかにも童貞ぽかった。

「……岩ちゃん、初めてだよね?」
「っ、う、うるさ、」
「嬉しい、」
「お、おれはっ、嬉しく、ねえっ」
「そう? じゃあやっぱりここでやめる?」

いいながら濡れたボクサーをはじくと、童貞はびくっと震えて俺をにらむ。絞り出すように言われた「しね」にどうしようもなく興奮した。

俺自身岩ちゃんを前に我慢できる自信はまったくないから、キスをしながら岩ちゃんの身体をほぐしていく。初めて触れる男の身体はやはり頑なだったが、時間をかけて指を出し入れするとすこしずつ慣れていった。ときおりいいところをかすめると、あん、と声を上げるのでかわいいねと言えば、岩ちゃんはいまいましそうに眉根をよせる。

「なに、やなの」
「……ゲイくせえ」
「あ、そだね。ハハ、俺らゲイになっちゃったね」
「うわそれやめろ…」

笑いながら岩ちゃんにキスをして、そろそろ俺も下半身がきつくなってきたからベルトを外してトランクスをおろすと、岩ちゃんはあ、とつぶやいた。顔を上げれば、じっと見つめられていることに気付いてすこしはずかしい。

「……及川、すげえ興奮してる、」
「! だ、だって、何度も岩ちゃんでオナニーしてたし、女の子だって、岩ちゃんに似てるコとしか、」
「わっ、も、もういい、いいから、……そういうこというの、やめろよな…」

首まで真っ赤にした岩ちゃんに思わず舌なめずりして、ぐ、と身体を押し付ける。いい? と聞けば、聞くなと怒られた。うんそっか、うなずいて岩ちゃんの両脚を折り曲げ、今度はぐっと強く押し入れる。腰をすすめるたび岩ちゃんは低くうめいたが、そのたび慰めるようにキスをして、しかし容赦はしなかった。

全部がおさまると、気持ちいいのと、あんまり嬉しいのとで、泣きそうになった。…ちょっとだけ泣いた。それからせっぱつまってゴムをつけるのを忘れたのに気付いてごめんとあやまれば、岩ちゃんはサイテーといいながら俺の首にぎゅっと腕をまわしてくれた。そうして最初は二、三回こすっただけで、俺も岩ちゃんもあっけなくいってしまった。都合その日は三回ほど岩ちゃんの中に出して、岩ちゃんはそのあと俺の手にこすられて吐精した。

後始末をしながら、「ねえ岩ちゃんまた俺のこと誘ってね」と岩ちゃんの背中にいうと、岩ちゃんはしねバカと言ったが、そのあとぽつりと、気づけよ、とつぶやいた。








(2013.0318)