「昨日、彼女と別れたんだ」 そう言うと岩ちゃんはプリントに向かっていた手を止めて俺を見た。視線はしばしそのままかち合ったが、やがて根負けした岩ちゃんがため息をついて立ち上がる。 そうして俺の寝そべるベッドに膝をつき、さもめんどうくさそうにネクタイを外す仕草が俺にはたまらなく扇情的だった。ごくりと飲み込んで外しかけのそれを引っぱり無理に寄せると、バランスを崩した岩ちゃんはじろりと上目に俺をにらんでくるのでときめいた。 汚れるだろ、とこの後の行為を想像させる言葉に笑ってその唇をふさいでやれば抗議するように下唇を食まれたが、抱き寄せた腰は男子高校生らしく、もうその気になっているので、おかしかった。 最初に岩ちゃんと関係を持ったのは、中三の夏、やはり当時付き合っていた彼女と別れた次の日のことだった。あのころから今と同じでクズだった俺の浮気で終わった関係だったが相手のことは好きだったからそれなりにショックで、朝から岩ちゃんの部屋まで泣きつきにきていた。 岩ちゃんはちょうどその頃発売されたドラクエに夢中で、最初に2リットルの麦茶をドンと男前に出したあとはひたすらスライムを倒してレベルを上げていた。「俺よりスライムのほうが大事なの!? 」と聞いたらうんと即答されたのを、あれはむかついたからよく覚えている。それでもしかたないから俺は昨日まで付き合っていた彼女との思い出をぐだぐた話していた。 そうしてそれは、ホントに好きだったんだよおとか岩ちゃんちょっとは慰めてよおとか、そんなことを言っていたときのことだ。不意に岩ちゃんがゲームを消して、俺を振り返った。そうしておもむろにベッドにやってきて、いいよ、といったのだ。わけがわからずぽかんとしていると、岩ちゃんは着ていたTシャツをさっさと脱いで、それから俺に跨った。 慰めて欲しいんだろ、という岩ちゃんの声はもう声変わりを果たしてすでに低く、性的な響きをともなって俺をいざなった。見慣れているのに普段とちがう意味合いを持った幼馴染の身体に俺が没頭するまで、そう時間はかからなかった。 行為の終わったあとティッシュで身体をふく岩ちゃんに、どうしてやらせてくれたの、と聞くと、ボスが倒せなくていらついたからだと岩ちゃんは言った。 関係はそれから今に至るまで、何度となく続いていた。俺はそのあとも何人も女の子と付き合ったが、その子と別れて気が向けばふらっと岩ちゃんを抱いた。 岩ちゃんは最初にそうしたときのように「別れたからなぐさめて」と言うと、いつも一回だけやらせてくれた。最初のうちはただ寝そべっているだけだった岩ちゃんが、初めて口に含んでくれたときの感動は今思い出しただけでも興奮してしまう。 「んっ、……!」 気がついたときには岩ちゃんの口の中に吐き出していて、ああ、ごめんごめんとあやまればにらまれた。 「……出すときは言えって、いってるだろ」 「あは、ごめんね、」 言いながら上手くなったねと頭を撫でると、飲み込んだ岩ちゃんは「まずい、」といって口元をぬぐい、眉間に皺をよせた。うん、ごめんと笑いながら、他の男の味なんて一生知らなければいいのにと思った。 骨っぽい身体をベッドにギシと組み敷いて、その上に覆いかぶさる。平べったい胸にちゅ、ちゅ、とキスを落とせば細い脚のあいだがもぞと反応していて、いとおしかった。 岩ちゃんは俺の身体をきれいだとたまにもらすが、俺は岩ちゃんのほうがよっぽどきれいだと思う。健康的にほどよく焼けていて、無駄な肉はまったくなくて、きちんと運動している筋肉のついた岩ちゃんの身体は、きれいだ。 それに、女の子の裸体とはまたちがったいやらしさがある。岩ちゃんの身体をぎゅうと抱き締めると、男同士だから必ず骨と骨がどこかぶつかって、そうすると自分はいま同性を抱いているのだという背徳感をたまらなく感じさせてくれるから好きだった。同じことを考えているのかどうか知れないが、岩ちゃんはそうやって抱くとことさらに善く締まるので気持ちいい。 つながったところを深く抉ると、岩ちゃんが低くうめいてあごを上げる。快楽のためか痛みのためか、ひどくつらそうに歪められた顔はたまらなくいやらしかった。 あのストイックな岩泉一が、俺の前ではこんなふうに脚をひらいてこんなにもいやらしい顔をするのだと、たとえば他のバレー部員が知ったらどんな顔をするだろう? 見せてやるつもりなど毛頭ないが、そんなくだらない妄想にすら興奮してガツガツと腰を振る。 盛りすぎだろ、と揺さぶられながら岩ちゃんは切れ切れ言ったが十八歳の性欲を抑えてなんていられない。ただただ腰を打ち付けて、目の前の身体に溺れていた。 目的と手段は、とうに逆転していたのだ。俺はもはや岩ちゃんと寝るためだけにてきとうな誰かと付き合って、それから別れをくりかえしている。 数年のうちに、別れる頻度はどんどん上がっていった。数ヶ月から、数週間、そして近頃ではもう数日おきに岩ちゃんを抱いて、とうとう今日は嘘までついた。昨日別れたというのは真っ赤な嘘だ。別れる前にもう面倒で、付き合ってすらいなかった。 それでも俺のただれた恋愛歴を知っている岩ちゃんならきっとうなずいてくれるだろうと思ったらやはりそうだった。 思わず笑いがこぼれてしまう。腰に絡みついた岩ちゃんの脚に怒られた。ごめんとあやまって口づけを落とし、そろそろ、と言うと、岩ちゃんが俺の首に腕を回してきた。 「なに、どうしたの、岩ちゃん」 「今日…このまま、出していいから、」 「そう? いいなら、いいけどさ」 始末が面倒だからと中に出すのはほとんどゆるしてもらったことがなかったが、めずらしいこともあったものだ。それでも嬉しいからそのまま腰を振って、岩ちゃんの中で果てた。岩ちゃんの身体はしばらくの間びくびくと痙攣していて、ひどく気持ちがよかった。 そうして名残り惜しく身を離すと、岩ちゃんはふと口を開いた。 「おまえさ」 「うん」 「昨日別れたっていうの、嘘だろ」 「!」 ばれていた。途端にどうしようと慌てて言い訳を考えると、岩ちゃんはくつくつと笑って、俺にキスをして、そしていうのだ。 「” ”」 おろかな俺はようやく、自分がはめられたことに気がついた。同時に、これからは岩ちゃんを抱くのに何の理由もいらないのだともわかった。たまらなく嬉しくなって強く抱き締めると、岩ちゃんは黙って、俺の頭を撫でてくれた。 (2013.0312) |