「ねえ岩ちゃんもっと乱暴して」

最中に俺がそう懇願すると、岩ちゃんはいつも悲しそうな顔をする。おまえはまたそういうことを、とか、もっと自分を大事にしろとか、きっとそんなくだらないことを考えているのだろう。岩ちゃんが俺のことを思っている、そういうときの表情がたまらなく好きだ。

ね、と両脚を胴に絡ませねだるとようやく岩ちゃんはため息をついて、俺の望んだとおりにしてくれる。そうしてまるで獣がするようガクガクやられると、あんまり気持ちよくってしにそうになる。

気をやってしまわないよう唇を強く噛むと、それに気づいた岩ちゃんが口づけてくる。不器用な舌が俺の噛んだところをゆっくりと探り当てて、咎めるようになぞってくるのでぞくりとした。鉄の味がするから、きっと血が出ている。

「勝手にこういうの、やめろ」

唇をはなした岩ちゃんの低い声が耳元でささやいた。素直にごめんなさいをすると岩ちゃんは鈍く呻って、奥を穿ってくる。あん、と高くしなる自分の声はまるで女みたいだと思う。セックスするときいつもより低くなる岩ちゃんの声はいかにも男っぽくて、うらやましい。俺も岩ちゃんを抱いたらおんなじようになるのかもしれないが、男を抱くなんてまっぴらごめんだった。こうやって脚をひらいているのだって、そもそも相手が岩ちゃんだからなのだ。

子どもの頃から岩ちゃんが好きだった。幼い頃ぼくらに男とか女とかそういう馬鹿げた境目はなくて、好きな子がただ好きで、嫌いな子はただ嫌いで、それで社会は成り立っていた。だからぼくは小学校に上がるまでずうっと、大きくなったら岩ちゃんと結婚するのだと思いこんでいたものだ。

けっきょく多感な思春期を経てそれは不可能な空想だとぼくは知ったけれど、かわりに男同士でもひとかたまりになれることも俺は知った。保健体育の授業をそれまで不真面目に受けていた自分をまったく殴り飛ばしてやりたいくらいだった。

その日のうちに当時付き合っていた彼女と別れて岩ちゃんと寝た。岩ちゃんはちょっと待てよとかなんとか言っていた気がするが、俺もう別れたし浮気じゃないしいいじゃんと言ったらお、おお、と勢いに飲まれて童貞をくれた。岩ちゃんのそういうちょっぴり単純なところも俺は好きだ。

「……ぅあっ、」

ひとつきで情事に呼び戻される。喉からもれた高い声に思わず手で口をおおうと、岩ちゃんは向こうのふすまをちらりと見やって、俺に片手を差し出した。

「噛んで、いいから」
「えっ、やだよ、だって、」
「だってじゃねーよ、おまえの家族きたらどうすんの」
「離れだし、大丈夫だって」
「そういう問題じゃねえ」

ぐだぐだ言ってねえで噛め、とこんなときばかり男らしく突っ込んでくるので思わずきゅんとした。口の中に入れられた三本の指を、なんとか傷つけないようにあぐあぐと喘ぐ。

バレー部の指だからというのもあったし、なにより岩ちゃんの身体に傷をつけたくなかった。しかしこうも激しく突き上げられると耐えきれなくって、よだればかりたらたら垂れてしまって泣きそうになる。

(――ああ、もしかして)

岩ちゃんも同じ気持ちなのかもしれないと、目の前が白むような快楽のなかふと思った。
ひどくしてと言うと悲しい顔をして、歯を食いしばり俺を抱く岩ちゃんがいっとう好きだった。そういう顔をされるとまるで、俺にひどくするのがとても嫌みたいな感じがするから、ひどくされているのに、反面とても大事にされているような気分になるから好きだった。おかしな話かもしれないが、俺は本当にそう思うのだから、そうだ。岩ちゃんも俺に指をくわえさせながら、おんなじことを考えていたらいいのにと思った。

岩ちゃんの指は、もう限界がちかいのか俺の口の中でかすかに震えはじめる。よだれと涙でぐしゃぐしゃになった視界のむこうでは岩ちゃんが苦しげな顔をして腰を振っていたが、やがて俺の中に吐き出して、くたりともたれかかってきた。耳朶にささやかれた「ごめん」に最高に嬉しくなって、俺はその一言であっけなく射精した。

「おまえってもしかしてマゾじゃなかったの?」

と、汗やら何やらで汚れた身体を拭きながら岩ちゃんは聞いた。なにそれ、そんなことないよと答えれば、なんだ、よかったと岩ちゃんは言った。

「よかったって、なにが」
「だっておまえマゾなのかと思ってたから。そしたら俺、サドにならないといけないんだろ?」

だからそれはちょっと難しいなあって。言い終わる前に後ろから飛びついた。たとえば俺がそういう性癖でも、岩ちゃんは合わせてくれるんだなあと思ったらうれしくてたまらなかった。

「岩ちゃんて、ときどきすっごくやさしいよねえ」
「ええ? そうかな。おまえはめんどくさいよね」
「うん」
「うんて……まあいいけど」

もっかいするだろ? 背中に押し付けたはしたない俺の下半身に岩ちゃんがたずねてくる。

「うん、好きにして」
「ん、」





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タイトル:アーバンギャルドより
(2013.0309)