新約『ふたりの天国』
再録に合わせて数ページ書下ろしです。ウェブ掲載の予定はありません。



【本文中より一部抜粋】
その日は久々にゴムをつけないで岩ちゃんを抱いた。
押し当ててちらりとうかがっても岩ちゃんはなにも言わなかったから、それをいいことに抜き差ししてお腹の中に出した。

俺のかたちをのみこんだ岩ちゃんのお腹に子どもができればいいと思ったし、そんなものはできないとかなしいほどに知っていた。そうしてそれをわかった上で、どろどろとした俺の虚しい希望を受け入れてくれる岩ちゃんがいとおしかった。

ぶるっと二、三度震えたあとはくたりと身体の力が抜け、岩ちゃんのうえに倒れこんで荒く息を吐く。同じように息をととのえる岩ちゃんにキスをして、俺は岩ちゃんの精子で汚れたお腹を撫でた。


岩ちゃんは子どもが好きだ。ガキ大将で昔っから面倒見がよかったし、従兄弟や近所の子どもまで楽しそうにかまってやるので慕われていた。俺の甥っ子の猛なんて親戚の俺より岩ちゃんに懐いていたくらいだ。そうしてそれは子どもたちにバレーボールを教えている今も変わらない。

もしも岩ちゃんに普通の家庭があって実の子どもがいたならそれはいい父親になっただろう。案外ベタなものが好きな人だからきっとその子とキャッチボールをやっただろうし、あるいは有給をとって授業参観に顔を出すことだってあったかもしれない。そういう未来だってあったのかもしれない。

大きな一軒家と、かわいい奥さんと、ちいちゃな子どもとそれからイヌ。
岩ちゃんは、本当はさっき、携帯の写真をながめながら、そんなものが欲しいと思ったのかもしれない。

でもそれは俺が奪った。
俺はずるいから、俺がそう言えば岩ちゃんはうなずいてくれるとわかっていて
「家を買おう」
と誘ったのだ。ひとたびマンションを買ってしまえば、三十年近い住宅ローンを払い終えるまで真面目な岩ちゃんはずうっと俺のものだ。

岩ちゃんはやはり迷うこともなくうなずいて、一緒に不動産屋さんを回ってくれた。
本当はもうすこし部屋数が多くてもよかったのだけれど、俺たちのあいだに三人目ができないことをその空室に感じたくなかったからなんとなく二LDKばかりを探して、そうして今の部屋を見つけた。

あたらしい住所を書いて転居届に印鑑を押したときは、まるで結婚したみたいな気がして涙があふれ出たものだ。これから先ふたりで生きていくんだという実感と、岩ちゃんの将来を勝手に縛り付けた罪悪感、けれどそれでも隠し切れない嬉しさで俺はぼろぼろと泣いた。