「ぼくらのお薬手帳2」
2014年3月16日発行
口癖、親切病、色情症の3本になります。
サンプルおよび本文中にモブの女の子との絡み(及川と女性の性描写など)を含みますので、苦手に感じられる方はどうぞご注意ください。




【口癖より一部抜粋】

及川に違和感を感じ始めたのは、それからすこし後のことだった。
六月も半ばになってインターハイを終えた及川には前よりも時間ができて、だから今度の休みは映画に行こうよって誘ったのだ。洋画のシリーズで有名なのが日本にきたばかりだった。

及川はひどく嬉しそうにうなずいてくれて、でも、それもやっぱりだめになった。どうしてって聞いたら及川は心底すまなそうな顔をして、
「その日は岩ちゃんのお誕生日祝いをするから」
と言った。本当は六月の前半だったけれど今年はちょうどインターハイの予選とかぶってしまってすこし後に遅れたのだという。毎年二人でお祝いしていることだからどうしてもだめだと及川はゆずらなかった。

「幼馴染だからって彼女より優先するの」
思わず聞いたら及川は目を伏せてただただごめんと繰り返す。

及川に腹が立つというより及川にこんな態度をとらせる岩泉のことがすこし嫌になってけっきょくもういいよ、そのかわり今度断ったらもういやだからねといってその話はそこで切り上げた。
及川はまたごめんとあやまって、すまなそうにあたしを後ろから抱き締めた。

そうしてそのことを気にしていたのか、それからしばらくのあいだ及川はいつにもましてあたしをやさしく扱った。

昼休みは鐘が鳴るなり教室まで迎えに来たし、休み時間もひまがあれば会いに来てくれた。帰り道は公園であたしにクレープを買って二人で甘いキスをして、夏が近づいて危ないからと反対方面なのに家の前まで送ってくれた。

及川にひどく愛されてるって思えたし、本当にすごく嬉しかった。……嬉しかった。はずだった。
及川はたしかにやさしかった。とろけそうになるほどあたしを愛してくれた。できる限りの時間いつでも一緒にいてくれた。

――そうして、いつでもあたしに「岩ちゃん」の話をした。

「岩ちゃんが、」「岩ちゃんと、」「岩ちゃんの、」
及川はまるで息をするようにその名前をくちに出すので、あたしは次第にその単語をきくのが怖くなった。家に帰ってからも及川のメールに書かれた「岩ちゃん」の名前はあたしを苛んだ。

付き合い始めてから今まで、及川が一日たりともあの人の話をしない日がなかったことに気づいてしまった夜は怖くて眠れもしなかった。二人が一緒にいるのを学校で遠目に見かけるだけで心臓が止まりそうになった。

「あたしと岩泉とどっちが大切なの」

くだらないことを聞いたこともあった。もちろんキミに決まってるじゃないって言うくせに、それから数分後やっぱり同じ口で及川はあいつの話をした。
もうやめてって言っても不思議そうな顔をして、どうして仲良しのはなしをしちゃいけないのと及川は首をかしげるだけだ。

気がおかしくなりそうだった。
やさしい及川のことをこんなに好きなのに、及川だってあたしを好きでいてくれるのに、でも、怖くて、……好きなのに恐ろしくてたまらなかった。


***

【色情症より一部抜粋】

こわくないわと彼女は言った。
「大丈夫、男の子だもの。痛いことだってないし、それに、とーってもいい気持ちにさせてあげる」
キミだって本当は期待してついてきたんでしょう? そういって彼女はするりと俺の股間を撫でた。目をやればそこはすでにベルトを解かれ、グレーのボクサーは勃ち上がり始めていて思わず泣きそうになる。
眠っているあいだにすでに悪戯をされていたらしく、下腹はおよそ気づかないうちに熱を持っていた。お姉さんは愛おしそうな顔でそこに頬ずりをして、上目遣いに俺を見る。

「おねがい、やめて」

絞りだした声はしかし自分でも聞いたことないくらい情けない声音で彼女の笑いを誘っただけだった。

「トオルくんみたいなオトコノコがいちばん好きよ」
やわやわと俺の性器を下着越しに揉み込みながら、彼女はそう言って手錠を撫でる。

「これをくれた人もけっこうよかったけど、でもやっぱりだめ。年下の子を上から可愛がってあげるほうが、もっとずっとおもしろいわ」

上から、という言葉にはいやらしいアクセントがあった。彼女は俺の太ももの上に乗り上がって、自分の下着をそこに押し当ててくる。

むら、と身体の内側からせり上がるものがあってほとほと嫌になった。岩ちゃん以外とこんなことしたくないのに、俺の中にある男の性は目の前の女の人に悲しくなるほど興奮している。

いや、いや、と身をよじり手錠を壊そうとしたけれど本当にそれは頑なでびくともせず、そんな俺を見下ろした彼女は困った子ねと笑ってボクサーを下ろしてしまった。

誰にも触られたことのないところにぴたりとその指が添えられる。ざわ、と背筋が粟立った。彼女は前かがみに俺の胸に倒れこんで、自分の手元をわざわざ見せつけるようにそれを抜き始める。

今日、岩ちゃんにしてもらうはずのことだった。岩ちゃんのたどたどしくゴツゴツとした手で擦ってもらうのを、昨日まで何度も想像していたはずだった。

けれど今彼女の手のひらは男の掌とはまったくちがうやわらかさをもって、いともかんたんにそれを勃起させてみせた。こんなにガチガチになったの今まで見たことないっていうくらい、俺は感じてしまっていた。

「ほうらね」
大きな唇を持ち上げて彼女は俺を嗤う。
「トオルくん、こんなにおっきくなったねえ」

幼い子どもに語りかけるような口調でうっとりとそう言って彼女は俺の性器から手をはなし、纏っていたランジェリーを脱いだ。露わになった胸は先ほどからなんとなく察していたがやはり大きく、全体にすらりとしているわりにそことお尻だけはむっちりと肉づいて女を感じさせる。

俺の両手を拘束したまま、彼女は俺の上で自分の身体をさわり始めた。ブラの隙間から自らの乳房を揉みしだいては感じ入り、蒸れた股の間を前後に揺すって幾度も俺の太ももにすりつけてくる。
下着が湿っているのには気がついていたが、さっきよりもくちゃくちゃと濡れた音が大きくなった気がしていたたまれない。

直視しているのがつらくなって目を背ければ咎めるようにキスをされ首を元にもどされて、それすらもゆるされなかった。

ほとんど意味をなさなくなったレースのブラジャーから乳房がはみ出すさまも、彼女がショーツを脱ぎ捨てる一連の仕草も、そのすべてを俺は見つめていなければならなかった。

邪魔くさそうに最後のブラも外し、髪の毛を耳にかけた彼女はにやっと笑って自らの腰を持ち上げる。そうしてその女の部分を指でひらいて見せつけられ、俺はぞっとして身体をよじった。

いやだ、いや、――絶対にいや。

(あんな汚いところに入りたくない、岩ちゃん以外とひとつになんかなりたくない、岩ちゃん、岩ちゃん、岩ちゃん……!)

祈るような気持ちで心の中その名前を呼んだ瞬間、中途半端に脱がされたジーンズのポケットがふと振動した。