(花♀×及♀×国♀より一部抜粋)

「ひぐっ、ぐず、ぐしゅっ」
ロッカールームでひとり、俺は膝を抱えて鼻をすすっていた。涙は後から後からあふれてドレスを汚してしまうと思ったけれど、こんなドレス汚れたっていいやって、半分くらい思っていた。だってわざわざひとまわり大きなサイズを買ったピンクのキャバドレスは、胸元がぽっかりと虚しく空いている。
「うわ、すごい、アキラちゃんそれ何カップ?」
「アハハ、子どもみたいで逆にそそるよなァ」
お店に入って一ヶ月、お客さんが毎日そうやって俺のダブルエーカップを笑うので、むかついて何枚もパッドを入れたらお酒を注いだ拍子にぽろんと胸から落ちたのだ。(Dカップまで盛ったのは欲張りすぎたと今では反省している)
白いパッドはひとつが落ちると雪崩のようにボロボロと胸からこぼれ、一瞬でお店中の笑いをかっさらって俺を絶望に突き落とした。震える手で落ちたパッドを拾って裏のゴミ箱に投げ捨てロッカーに逃げこみ、ぺたんこの胸を抱えてそうして泣いている。
床に座り込んでぐすぐすやっていると何度かドアが開いてこちらをのぞく気配があったけれど、俺のようすを見ると足音はやがて去っていった。きっと今頃こんなようすも笑われているんだろう。そう思ったらますます惨めで涙が出てくる。


おとなになったら胸が大きくなってお尻がふくらんで、自分は女になるんだと思っていた。でもそんなのはただの幻想だ。
実際は中学生になっても高校に上がっても俺の身体は細く骨ばった痩せっぽち。仇のように牛乳を飲んでも授業をサボって睡眠をとっても、そこはぺったりと平らなままだ。
たぷんたぷんの脂肪をドレスに包み込む先輩のキャストを見るたび殺意が沸いたし、それが重くて肩が凝るなどと客にいうのを聞いては半分よこせと嫉ましかった。

「っぅ、ぐすっ、うう、」
羞恥と悔しさと嫉妬で涙は止まらなかったけれど、ここでこうしていればそろそろ仕事を終えた他のキャストが帰り始める時間だとのろのろ立ち上がる。
ロッカーを開けてハンカチで涙を拭い、私服のシャツと七分のデニムに着替えているとドアが開いて誰かが入ってくるので俺は顔を背けてファスナーをしめた。鞄を持ち上げお疲れ様して通り過ぎて、今日はさっさと帰るつもりだった。

けれどそれは突然うなじに押し当てられた、ひやりとした感触に止められる。冷たさにひゃっと声を上げて振り返れば、そこにはお疲れと笑うお店のNO.3、花巻さんが立っていた。
「はっ、な、まき、さん! いきなり、なにっ、」
「はは、国見、元気ないかと思って。ほら、これあげる。飲めよ」
「え?」
差し出されたのは缶に入ったグレープフルーツの直搾り。事務所の冷蔵庫にあったのを一本もらってきてくれたのだそうだ。ありがとうございますと素直に頭を下げて、プルタブを明けてぺろりと舐める。アルコールはそんなに強くなくてジュースみたいだったけど、冷たくてすっきりしていておいしかった。

「あー、今日も疲れた疲れた」
全然そんなふうに見えない軽い口調でいいながら、花巻さんはブルーのタイトドレスを脱ぐ。
ベージュのヌーブラに包まれたかたまりはいかにも女の人らしいまあるい曲線を描いていて、思わず目がいってしまう。視線に気づいた花巻さんはにやりと笑って
「触ってもいいよ?」
からかうようにいうのでカッと顔が熱くなった。
「触りませんよ、それにもう帰ります」
お酒ありがとうございました、言い捨てて先に帰ろうとすると、しかし缶を持ったほうの手首をぐいと捕まえられる。これでは、無理にほどけばお酒がこぼれてしまう。背の高い花巻さんをじっとりと見上げれば、人の悪そうな顔は十分だけ待ってといった。
「十分? どうして、」
「及川がね、『国見ちゃん超かわいそうだから〜慰めてあげようよ〜』って。あいつもうすぐ上がるから、もうちょっと待っててよ」
「……そんなの、いりません」
「いいじゃん、たまには。国見仕事終わるとすぐ帰っちゃうし、ちょっとくらいお姉さんたちと遊んでくれてもさ」
それは自分より胸のでかい女が嫌いで、この店の嬢は大半がそうだからだ。喉まで出かかったけれどぐっと飲み込んで我慢すると、胸が大きくたって嫌な女ばかりじゃないよ、見透かされたように言われてハッとする。花巻さんは俺の手首を離してくすくすと笑った。
「だって、他の嬢が着替えてると国見ころしそーな目で見てるんだもん。特に巨乳だとな」
おまえ案外わかりやすいからかわいいよ。着替えながら言われたセリフはちょっとだけ悔しくて、でも、不思議と悪い気はしなかった。この人じつは俺のことよく見ていてくれたんだって、そう思ったせいかもしれない。
手首はもうつかまれていなかったけれど花巻さんが着替えるのを待って、ふたりで裏口を出て及川さんを待つ。
私服に着替えた花巻さんはまだ五月の初めなのに強気のショートパンツで、すらりと伸びた細い足がかっこよかった。

花巻さんがヒールを履いた足を二、三回組み換え、俺がお酒の缶を空ける頃にはNO.1の及川さんがやってきて、待たせちゃってごめんねとニコニコ俺の腕をとる。
「じゃ、いこっか」
「? あの、行くって、どこに」
「あれ、マッキー言ってないの?」
「あ、そういえば」
「うふふ、じゃあナイショ! でも、いいところ連れてってあげるからサ」
楽しみにしてていいよ、そう言って及川さんは通りすがりのタクシーを拾う。後ろの席に三人で並んで座ると二人とも細いので狭くはなかったけれど、香水の檻に閉じ込められたみたいでなんだか頭がぼんやりした。(俺だっておなじ女のはずなのに、この人たちみたいな大人の女の匂いはしない)
甘ったるい匂いに包まれてぼうっと車に揺られていると、ややあって着いたよと肩をたたかれのろのろタクシーを降りる。見上げればそこは、お店のある駅から二、三駅ほど離れた地名の入った九階建てのマンションだ。

うながされるままついていけば花巻という表札の部屋に着いたので、ここは花巻さんの部屋なのだろう。
前にも訪れたことがあるらしい及川さんは慣れたふうに靴を脱いで家に上がり、俺は花巻さんにどうぞと招かれておじゃまします。
玄関を上がって電気が点くとそこは広々としたワンルームで、手前にはキッチン、奥には大きなベッドとローテーブル、それから一人用のソファが置かれている。室内には靴や洋服、それから化粧品やバッグと物が多かったけれど、棚や箱にきちんとしまわれ整頓されているのでそれほど散らかっている印象もない。それほど物は多くないはずなのにぐちゃぐちゃに汚れている俺の一人暮らしとは正反対だ。

「ほら、国見ちゃんこっちおいで」
きょろきょろ見回していると、先に上がった及川さんはまるで自分の部屋のようにそういって俺の手を引いた。遠慮のない足どりはそのまま広いベッドにぽんと飛び込むので、引っぱられた俺もそのままわっと倒れこんでしまう。ふかふかした海に手をついて起き上がると、
「もう、及川くんのベッドじゃないでしょ」
あとからやってきた花巻さんの手はくすくすと笑って及川さんに伸ばされる。あれ、と思ってみていると、その指はからかうように後ろからえいっと及川さんの胸をつかんだ。
「あん、マッキーやさしくしてよお、」
「及川がこうされんの好きなんじゃん」
「そうだけどォ、」
驚いて目をぱちくりさせる俺を横目に、及川さんはさっさとワンピースを脱ぎ捨ててしまう。
花巻さんの手にパチンとブラジャーを外され、ぷるんと飛び出た白い裸体に思わず頬がカッと熱くなった。気づいた及川さんは人のわるい顔をしてシーツに手をつき、俺にむかって胸をそらしてみせる。
「ほら、さわっていいよ」